ドラマみたいなふたりのはじまり07
俺は先輩のベッドでひとり横になっていた。
薄暗い部屋の中、ぼんやりと天井を見上げながらため息をひとつこぼす。
冷えた体を温めるために交替でシャワーを浴び、カップラーメンで夕食を済ませ、そろそろ寝ようかという流れになった。
先輩の部屋で眠れそうな場所はリビングにあるソファと、引き戸で区切られた寝室においてあるベッドの二か所。
俺はソファでいいと言ったのに、先輩は自分がソファで寝るからベッドを使ってと譲らなかった。
しばらく言い合いは続いたものの、長身の俺がどんなに足を折りたたんでもソファから体がはみでてしまう。それじゃまともに寝れないでしょう、と言い切られ俺がベッドを使うことになった。
いや、でも。ベッドをかりたところで全く寝れる気がしないんですけど。
なんとか寝ようと寝返りをうつと、ふわりと甘い匂いがした。
あ。先輩のにおいだ。
そう気づいた途端、眠気が訪れるどころか逆に意識が覚醒する。
やべぇ。と心の中でつぶやいた。
先輩は毎日このベッドで寝てるんだよな。
しかも、あの引き戸の向こうには無防備に眠る先輩がいるんだよな。
そう思ったら興奮してきた。さらに目が覚める。
あー、くそ。
先輩とふたりきりでひとつ屋根の下にいて、手を出せないって。
なんか俺、今すごく試されてる気がする。
だってこんなの、寝れるわけがない。
天井を見上げながら、さっきまでの先輩とのやりとりを思い返す。
すっぴんでパジャマの無防備なかっこうもエロかったな、とか。会社をやめると言った俺を慌ててひきとめた必死な表情めちゃくちゃかわいかったな、とか。どうせ体目当てなんでしょと決めつけて、『一回だけやらせてあげる』と言われたときは腹がたったな、とか……。
そう考えて、俺はがばっと起き上がった。
っていうか、あの状況でお誘いを断るなんて、俺すげぇもったいないことしたんじゃないか?
とりあえず先輩を抱いて、ぐずぐずになるまで気持ちよくさせて体から陥落させて囲い込むのが恋人への最短距離だったんじゃないか?
せっかくの据え膳だったのに、なに強がってやせ我慢して断ってんだよ俺。ばかか。
今からあのドアをあけてソファで眠る先輩のところにいって、やっぱり抱いてもいいですか?って聞いたらワンチャンあるかな。
って。
あんだけカッコつけたことを言っておいて、そんなお願いできるか。俺のばか。
「あー」とつぶやきながら暗闇の中頭を抱える。
やばい。感情がたかぶってて、さっきからばかなことばかり考えてる。
ちょっと冷静にならないと。
そう思い深呼吸をしていると、リビングのほうからぎしりとソファがきしむ音がした。
きっと先輩が寝返りをうったんだろう。
思わず息をひそめて耳を澄ませると、むにゃむにゃと寝言が聞こえてきた。
「……だめだよ、会社やめちゃ」
舌ったらずな口調でたしかにそう言った。
思わずぐっと唇をかみしめる。
俺の夢を見てたのかよ。夢の中でも俺を引き留めてたのかよ。俺のこと大好きかよ。くっそ、かわいすぎるだろ。
好きが行き過ぎてなんだか腹がたってきた。
手を出せないこの状況、ほんとつらい。だれか助けて。
俺は歯を食いしばりながらスマホを取り出しメッセージアプリを立ち上げる。
同期の男に【なにしてる?】と送ると、すぐに既読のマークがついた。
【家でゲームしてる】
そっけない返信にほっと息を吐きだす。
【よかった。休日前夜にひとりでゲームをするお前に重要なミッションをあたえる】
【え。なに】
【朝までラインで俺の話し相手してて】
【意味わかんないから断る】
【頼むって。寝れないんだよ】
【寝れないから相手してくれって、さみしがり屋か。かまってちゃんの彼女か】
この重大な危機を理解していない同僚は、そっけない返事を送ってくる。
くっそ、薄情なやつめ。
前に社内報の作業を手伝ってやったのに。その恩を忘れたのか。
【このままひとりで悶々としてたら、確実にやばい。理性が朝までもたない】
【理性がもたないとどうなるんだよ】
【ドア蹴破って、寝てる先輩のこと襲いそう】
【どんな状況だよ! こえぇよ!】
【俺が犯罪者になるかならないかはお前にかかてるんだよ。助けてくれよ】
【そんな重要なミッション、俺には荷が重いんだけど!】
そんな文句を言いながらも、同僚は俺と話す気になってくれたようだ。
【そういえば、今度海外支社からやばめの人が本社に復帰するって噂知ってる?】
そんなメッセージに首をかしげる。
【知らない。やばめの人ってなに】
【すげぇ有能だけど素行と態度が悪すぎて上の反感かって、海外のド田舎に飛ばされたって噂】
【素行と態度が悪いってだけでそこまであからさまな左遷されるってすごいな】
【でも現地で辣腕ブンブンふるって業績上げまくったから、上も無視できずに本社に戻さざるをえなくなったらしいよ】
【へぇ。そんなに有能なんだ】
そんな人がいるなんて知らなかった。きっと俺が入社する前に海外に飛ばされたんだろう。
一体どんな人なんだろうと興味がわいてくる。
ぼんやりしていると、【なぁ。ゲームしたいからそろそろラインやめてもいい?】とメッセージが来た。
【だめだって。見捨てないで朝まで相手してくれよ】
俺は慌てて引きとめる。
【でももう話すこともないし】
【話すことないならしりとりでもしよう】
【えー。しりとり?】
【ほら俺からはじめるぞ。しりとりの「り」】
苦肉の策でそう言うと、同期はなんとかのってきてくれた。
【んー。じゃあ、理科】
【髪】
【ミッション。あ、「ん」がついたから終わりだ。じゃあな】
「なんだと!?」
薄情な同期に思わず大きな声がでる。
はっとして口をつぐんだけれど、俺の声に反応したのか扉の向こうで先輩が寝返りを打つ気配がした。
むにゃむにゃという寝言と、小さな笑い声も聞こえてくる。
なにやら楽しい夢をみているらしい。
こっちはあんたを襲わないように理性総動員で欲望と戦っているというのに。
「……くっそ。どんな苦行だよ」
歯噛みながら枕に顔をうずめると、ふわりと甘い匂いがした。
「あー、もう……」
俺は小さくうなりながら顔をしかめ枕を抱きしめる。
今夜は一睡もできそうにない。
『ドラマみたいなふたりのはじまり07』END
余裕があるように見えるけど、本当はギリギリで頑張っている後輩くん。そしてやばめのライバル登場の予感。
後輩くんはふだんお利口なのに、感情がたかぶったときだけ先輩のことを「あんた」って呼ぶのが個人的にすきです。
金曜日のショートストーリー
第16回お題『ミッション』
【企画概要】
『金曜日のショートショート』は、隔週金曜日に、お題に沿ってショートショートまたはショートストーリーを書く企画です。
*企画の詳細や過去のお題はマガジンの固定記事をご覧ください。