金曜日のショートショート01
お友達の作家さんたちとお話しして、週に1度お題を出して、ショートショートを書こうという企画をはじめました。
その名も「金曜日のショートショート」
「金曜日の」と掲げながら、初回にして土曜日に公開するというゆるゆるっぷりですが、のんびり楽しく続けていけたらいいなと思っています。
金曜日のショートショート
第1回お題【金曜日】
タイトル『金曜日の迷子』
金曜日になると、わたしのもとにひとりの迷子がやってくる。
小学生くらいの気の弱そうな男の子が、「帰る場所がわからなくなった」と言って泣くのだ。
はっきりとは思い出せないけれど、はじめてその迷子がやってきたのは、たぶん一年前とか半年前とかそのくらい。
それほど長い期間、その子は毎週やってきて迷子になったと泣くのだ。
最初は気の毒に思っていたわたしも、これだけ続くとさすがに鬱陶しくなってくる。
きっとこれは迷子が自分の家に帰るまで、毎週続くのだろう。
自宅を見つけてさっさと帰ってもらうために、わたしは迷子に家の特徴を聞いてみることにした。
すると迷子は少し考えてから、「二階建ての家」と答えた。
二階建ての家なんて、このあたりには腐るほどある。そんな情報を教えてもらったところで、なんの手がかりにもならないじゃないか。
むっとしたわたしに気づいたのか、迷子は慌てて付け加える。
「屋根は赤くて、庭がある」
「庭は塀で囲まれている」
「パパのママの3人家族」
聞けば聞くほど、ごくごく普通のありふれた家庭だ。
そんな手がかりでこの迷子の帰る場所を特定するのは無理だろう。
「もっとほかには?」
わたしがじれったさに歯噛みしながらたずねると、迷子は不満そうに眉をあげた。
「こんなに色々教えてるのに、わからないの?」
まるでわからないわたしが悪いとでも言いたげな表情だ。
「そんなヒントじゃ、わかるわけないよ」
思わず尖った声で言うと、迷子は鼻の上のメガネを押し上げてこちらを見る。
「普通なら、みんなぼくのこと知ってるよ」
大人を小バカにするようなその態度に、親切なわたしもさすがにイラっとした。
みんなぼくのことを知っている、なんて。
自分の家もわからない迷子のくせに、やけに生意気で自意識過剰だ。
この子は一体なにものなんだろう。
そう思って眺めていると、不意に懐かしい気持ちが込み上げてきた。
わたしはこの迷子のことを、ずっと前から知っているような気がする。
その感覚にわたしは戸惑う。
もしかしたら、どこかで会ったことがあるのかもしれない。
わたしが小学生だった頃?それとも、幼稚園に通っていた頃?
いや、迷子とわたしの年齢差は二十歳以上ある。どう考えても計算が合わない。
わたしは混乱しながら考え込む。考えれば考えるほど、迷子とすごした思い出がよみがえってきた。
わたしはたしかにこの子といろんな体験をした。
失敗したり、怖くて逃げたり、ずるをして怒られたり、いじわるされて泣いたり。
そして、ときにはみんなで力を合わせ、世界を救ったりもした。
「ねぇ、なにかほかに、自分の家に帰る手がかりはないの?」
声を震わせながらたずねると、迷子はメガネの奥の瞳を輝かせて、自慢げに言った。
「ぼくはパパとママの3人家族だけど、もうひとり、一緒に暮らしてるとっても大切な友達がいる」
その言葉に、わたしは確信する。
そうか、メガネをかけて気弱そうで、でもちょっと自信過剰なこの迷子は、あの子だ。
子供の頃、わたしは金曜の夕食の時間を、いつもこの子たちとすごした。
テレビ画面の中で、この子は泣いたり笑ったり歯を食いしばって頑張ったり、いつも輝いていた。
わたしは小さな頃、金曜日が大好きだった。
それは翌日が休みという特別感もあったけれど、彼らに会えるのも理由のひとつだった。
いつしかわたしは大人になり、彼のことをすっかり忘れていた。
そういえば、今もやっているんだろうか。そう思い、スマホでテレビの番組表を調べてみる。
金曜日の放送予定を見てわたしは肩を落とした。彼らの居場所だった時間は、今は違う番組が放送されているようだ。
もう、家族揃って食卓を囲み、アニメを見るような時代ではないのかもしれない。
そう思うと、なんとも言い難い寂しさがおそってくる。
「ね、ぼくの帰る場所はわかった?」
迷子はわたしの持つスマホを、興味津々でのぞきこむ。
「ごめん、もう君の帰る場所はもうないみたい」
わたしが告げると、迷子は「ええー!」と声を上げその場にへたりこんだ。そして大切なお友達の名前を呼びながら泣き出してしまった。
そうだよね。悲しいよね。
もう何十年も君たちを見ていなかったわたしでさえ、こんなに寂しいんだから。
そう思ってからはっとした。
「まって、君の居場所はまだあるかも」
そういえば、数ヶ月前にニュースで見た記憶がある。わたしは慌ててスマホで検索する。
「そうだ、金曜から土曜に引っ越したんだ」
「本当?」
真っ赤な鼻をすすりながら疑いの目を向ける迷子に頷く。
「君の新しい居場所は、土曜日の5時だよ」
わたしがそう言うと、迷子は力強く立ち上がった。
「ありがとう!」
さっきまで泣いていたくせに、キラキラと目を輝かせ、仲間たちの待つ場所に帰っていく。
その背中を眺めながら、わたしも一緒について行きたくなった。
最近、不安や焦りばかりに心が支配され、子供の頃のように胸を踊らせることなんてなかった。
今でも彼らはあの頃のように、ケンカしたり助け合ったりしながら、笑っているだろうか。
気弱だったり、乱暴だったり、ずるかったり、したたかだったりする子供たちと、ちょっと過保護で口うるさいネコ型のロボットと一緒に、また冒険したくなった。
ちょうど今日は土曜日だ。
たまには子供の頃を思い出して、テレビの前でゆっくり彼らに会いにいくのもいいかもしれない。そう思った。
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