ドラマみたいなふたりのはじまり
ベッドの上で疲労感に包まれながらぼんやりしていると、隣にいた男が体を起こした。
どうやらシャワーを浴びに行くらしい。
あんなに動いた後ですぐにベッドから起き上がれるなんて、さすが若いな。こっちはさんざん喘がされたおかげで、寝返りをうつことすら億劫なのに。
そんなことを考えているうちに、どんどんまぶたが重くなっていく。
「先輩、シャワーはいいんですか?」
その問いかけに、わずかに目を開け首を横に振った。
申し訳ないけど、私にベッドから這い出す体力は残ってない。
「朝にする……」
それだけ言ってまた目を閉じる。
シャワーで汗を流すこととか、取引先との会食を盛り上げるためとはいえ年甲斐もなく飲みすぎてしまった自分への反省とか、職場の後輩と酔った勢いでこんな関係になってしまったことへの後悔とか。
面倒なことはとりあえず、明日の朝へ先伸ばしだ。
「じゃあ、明日7時ごろに起こしますね」
後輩はまるで仕事の連絡事項を伝えるかのように冷静に言う。
会社の先輩と男女の関係になったというのに、後輩の声には動揺の色が一切なかった。
こいつ、遊び慣れてるな。まぁ、そんなのベッドの上でいやってほど思い知らされたけど。
こめかみのあたりがずきずきと痛む。
明日は確実に二日酔いだ。酒を飲んだ後にあれだけ揺さぶられたんだから、無理もない。
すべてが億劫で気が重い。もう明日なんて来なければいいのに。
そんなやさぐれたことを考えていると、ベッドのスプリングがぎしりときしんだ。
閉じたまぶたに感じていた明かりが遮られ、不思議に思って目を開ける。
するとそこには、真剣な表情でこちらを見下ろす後輩がいた。
「先輩」
「な、に?」
至近距離でまっすぐに見つめられ、ごくりと喉が上下する。
「言い忘れてましたけど。俺はどんなに酔っていても、好きな相手しか抱きませんから」
そう言われ、頭が真っ白になる。
え、まって。それ、どういう意味?
混乱で言葉が見つからない私を残し、彼はさっさとシャワーへ向かう。
私はビジネスホテルの客室の天井を見上げながら、今言われた言葉を頭の中で反芻する。
そしてその意味を理解を理解すると同時に、眠気が吹き飛び一気に目が覚めた。
「待って待って待って……っ!」
どうしていいのかわからなくて、シーツの中に潜り込みながら悲鳴をあげる。
もしかして今、いつも冷静で有能で誰に対しても穏やかに笑うあの後輩に、遠回しに好きだって言われた!?
バスルームから漏れる水音を聴きながら、予想外の事態に私はひとりパニックになる。
「そんなこと、散々抱いたあとに言うの、卑怯すぎる……!」
社内恋愛なんて面倒なこと絶対にしたくないし、年下の男なんて全く好きじゃないのに。
それなのに、私の心臓は今にも爆発しそうなほど大きく飛び跳ねていた。
『ドラマみたいなふたりのはじまり END』
ここから、
面倒だからすべて忘れたふりをしてすっとぼけようとする先輩と
意地でもなかったことになんてさせないと追いかける後輩の
じれじれした攻防がはじまるやつ。
金曜日のショートストーリー
第10回お題『ドラマ』
【企画概要】
『金曜日のショートショート』は、隔週金曜日に、お題に沿ってショートショートまたはショートストーリーを書く企画です。
*企画の詳細や過去のお題はマガジンの固定記事をご覧ください。
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