フレンドリーな取り立て屋さん3 野菜を配る

だめだ、もうだめだ。死ぬしかない。
僕はひとりごとをつぶやきながら、自宅のアパートで頭をかかえていた。
脳裏に浮かぶのは、毎日のように職場に押しかけてくる借金取りの男たちの怒号。そして社長からの罵倒の言葉。
この先、僕が生きていたっていいことなんてひとつもない。
そう思った僕が自殺を考えていると、玄関のドアが乱暴に叩かれた。
「おーい、いねぇのか?」
ドンドンドン!と何度もドアを叩く音とともに、男の声が響く。
どうやらついに借金取りが僕の自宅までやってきたようだ。
「おい、いるなら返事をしろよ!」
ドアの外にいるのがどんな男かわからないけれど、声だけで十分ガラが悪いのが伝わってきた。
いよいよ覚悟を決めるときがきた。もう死ぬしかない。
そう思った僕がカーテンレールにかけたひもで首をくくろうとしたとき、玄関のドアが蹴破られた。
ドアを蹴破るって、どんなバカ力だよ。思わず僕は絶句する。
玄関から入ってきた派手なアロハシャツにサングラスをかけた男が、凍り付く僕を見て「なんだいるんじゃねぇか」と不機嫌そうに舌打ちをした。
「いるなら返事をしろよな」
どすの利いた声ですごまれる。
僕は「ひぃ……!」と悲鳴をあげその場にへたりこんだ。
「すみません! 僕はお金を持っていなくて……!」
きっとこのままじゃ殴られる。土下座をしながら謝ると、男はかけていたサングラスを下にずらし「はぁ?」と不可解そうに眉をよせた。
「誰もお前から金を取り立てようとなんて思ってねぇよ。借金作ったのは、お前じゃなくてお前の会社の社長だろうが」
「そうなんですけど、でも……」
会社の社長が多額の借金を作って雲隠れし、僕は留守を任された。
職場にはたくさんのヤクザやチンピラが毎日のように取り立てに来た。
男たちはただの社員である僕に金を払えとせまり、金を持ってないとわかると腹いせに暴力も振るわれた。
だから、この男も僕に借金を払わせるためにここにやってきたと思ったのに……。
「俺はお前んとこの社長がどこに飛んだのか知りたくて来ただけだ。罪もねぇやつを殴る趣味はねぇよ」
とはいいつつ、罪のないドアは無残に蹴破られたんだけど。突っ込みたいけれど、怖いので黙ってうなずく。
すると男はずかずかと部屋にあがり、僕をのぞきこむようにしゃがんだ。
「お前はバカ真面目だなぁ」
言葉に反した優しい声色で言われ、「へ……?」と目をまたたかせる。
「お前んとこの会社、もうつぶれるってわかってんだろ。沈むドロ船に乗ってねぇでさっさとやめればいいのに」
「でも、入社してからずっと社長に言われ続けたんです。お前は無能でここを辞めたら雇ってくれる会社なんてないって。お前の居場所は他にないから、死ぬまでここで働けって……」
「バァカ!」
男は眉間に深いしわを寄せ、思いきり怒鳴った。その迫力に、僕は肩を震わせる。
「会社がわざわざそんな無能な社員を残しておくかよ。お前に辞められたくないから貶める言葉で無能なんだって思い込ませて、洗脳してつなぎとめてたんだろ」
「そ、そうなんですか……?」
入社してから五年。毎日毎日無能とさげすまれ罵倒されながら必死に仕事をしていた。ここにしか居場所がないと思い込んでいたから……。
「お前はなんだってできるし、どこにだって行けるよ。だって、そんな過酷な状況でも腐らずにやってきた根性があるじゃねぇか」
そうなんだろうか。無能だと思い込んでいただけで、僕はなんでもできるんだろうか。
男の言葉に、狭かった視界が広がり世界が明るくなったような気がした。目の奥が熱くなり、涙がこみあげてくる。
「あ、そうだ。これやる」
男は思い出したように、ハーフパンツのポケットからトマトを取り出した。パンとはじけてしまいそうなほど、みずみずしくてつやのある真っ赤なトマト。一個、二個、三個……。次々にでてくる。
突拍子もなさ過ぎて涙もひっこむ。一体このタイミングでなぜにトマト。
「ハワイのビーチに沈めるはずだった女が、田舎で農業をはじめてよぉ。いらねぇって言ってんのに勝手に野菜を送り付けてくんだよ。とりあえず食ってみろ」
言われるままにトマトをひと口かじる。
歯を立てると弾力のある皮がぷちんとはじけ、口いっぱいに少しの青臭さと酸味、そしてさわやかな甘さが広がった。
「おいしい……」
新鮮な野菜を食べるのはいつぶりだろう。
食事はいつもインスタントラーメンやコンビニのおにぎりですませていた。一日の食事がエナジードリンクのみなんて日もあった。精神的においつめられていて、栄養を考える余裕なんてなかったから。
ひさしぶりに口にした野菜に、体がよろこんでいるのがわかった。そして懐かしい記憶がよみがえる。
「……うちのばあちゃん、田舎で家庭菜園をするのが趣味なんです。夏になるとトマトとかきゅうりとかナスとか山のようにとれて。野菜なんていらねぇよって文句を言ってロクに食べなかったんですけど、ちゃんと食べてあげればよかった」
食べかけのトマトを見下ろしながらつぶやくと、男は「今からでも遅くねぇだろ」と財布を取り出した。
「ばぁちゃんまだ元気なんだろ? だったら田舎に帰れよ。交通費は俺がだしてやるから」
そう言って一万円札の束をこちらにおしつける。
「え、でも、こんなに?」
交通費にしては多すぎる。もし僕の故郷がアメリカだったとしても、余裕であまるほどの金額だ。
「大丈夫。お前んとこの社長を捕まえて、借金の額に迷惑料上乗せして回収すっから」
自信満々で胸を張る男に、僕は首をかしげた。
「どうしてそこまで……」
すると目の前に一枚の名刺を差し出された。フレンドリー・パートナーズと書いてある。
「うちは社名通り、フレンドリーさがモットーの取り立て屋さんなんだよ。でもな、気に入った奴には親身になるけど、道理を通さないやつはとことん追い込んで地獄を見せる」
言いながら男の声にすごみが増す。その迫力に、ひやりと背筋がつめたくなった。
「んなわけで、お前も地獄を見たくなかったら、これからもまっとうに生きろよ?」
にぃ、と笑顔を向けられ僕は何度も首を縦に振った。

男がさった後に残ったのは、一万円札の束とトマトと蹴破られたドア。
僕はトマトをかじりながら、とりあえずこのドアはどうすればいいんだろうとぼんやりと思った。

フレンドリーな取り立て屋さんのシリーズです。
もしよかったらこちらもどうぞ。
https://note.com/kitamayu_n45/n/nf16a4fe0f2e0
https://note.com/kitamayu_n45/n/n1e304b7283d4

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