ドラマみたいなふたりのはじまり03
一週間前。
俺はひそかに想いを寄せ続けていた会社の先輩と寝た。
そして、現在。
その先輩に露骨なほど避けられている。
仕事中は最低限の会話しか交わさないし、目も合わせてくれない。
仕事帰りに声をかけようとすれば、気配を察知してあっという間にいなくなる。
先輩が、あの夜のことはなかったことにしてしまおう思っているのが、表情や態度からひしひしと伝わってくる。
いくら酔った勢いだったとはいえ、ひどくないか?
もし男女が逆の立場だったら、最低の行動だ。
だけど……。と俺は心の中でつぶやく。
ずっと好きで、今まで年下だからとまったく相手にしてもらえなくて、正面から口説く勇気もなくひっそりと思い続けて。
酔った勢いの事故みたいな出来事だったとはいえ、ようやく先輩が俺を男として意識し始めたんだ。
あの夜をなかったことになんて、させてたまるかよ。
今日もさくっと先輩に逃げられ、不貞腐れながら帰ろうとしていると、他部署の同期に捕まった。
「あ。ちょうどいいところにいた。ちょっと手伝ってくれよ」
いや、もう帰るつもりだったんだけど。と文句を言ったが、問答無用で腕を掴まれパソコンの前に座らされる。
「社内報がウェブで運用することになったんだ。過去の社内報が問題なく読めるか、チェック手伝って」
「なんで俺が。めんどくさい」
「まぁまぁ、そう言わずに。お礼に秘密のフォルダにため込んである、とっておきのエロ画像をわけてやるから」
「いらねぇよ」
同期の言葉に顔を顰めると、「かー!エロ画像のお世話にはなりませんてか!イケメンむかつく」とののしられた。
「お前なんか不能になる呪いにかかれ」
「勝手にこわい呪いをかけるなよ」
「どうせ、モテモテの人生を歩んできて女に不自由したことがないお前に、自分の右手にお世話になりっぱなしの哀れな俺の気持ちなんてわかんねぇよ!」
憤る同期をみながら「そんなことない」とつぶやく。
この一週間。あの夜のことを思い出しながら、何度自分の右手と仲良くしたか。
いつもは凛として近寄りがたい先輩がベッドの上で俺にいいように揺さぶられ乱れる姿を思い出すたびに、興奮がよみがえり自分を押さえられなくなった。
まるで男子中学生みたいな余裕のなさだ。
こんなんだから、先輩から年下は無理って拒絶されるんだろうな。くっそ、我ながら情けない。
自己嫌悪に襲われながらディスプレイに表示される過去の社内報を見ていると、ふと視線が吸い寄せられた。
「あ……」と驚きの声が漏れる。
「なに。なんかへんなとこあった?」
動きを止めた俺を不思議に思ったのか、同期が椅子ごと移動してきてのぞきこむ。
「あぁ。これお前のとこの美人の先輩じゃん」
その言葉にうなずいて食い入るように写真を見る。
「先輩、わっか……」
「入社したばっかのころかな。なんか初々しくてかわいい~」
たぶん社員旅行でとられた写真なんだろう。
今は余裕があって仕事ができる大人の女性の先輩が、ディスプレイの中ではカメラ目線で無邪気に笑っていた。
それを見て、待ってくれ。と思わずつぶやく。
なにこのかわいい笑顔。俺、先輩のこんな無防備な表情、見たことないんですけど。
焦りと怒りが湧いてくる。
こんなふうに笑いかけるなんて、相手に気を許している証拠だ。
というか、明らかにこの写真を撮った人物に好意を抱いてるだろ。
無意識に手のひらをきつく握りしめる。
「……なぁ。この写真、撮ったのだれ」
画面にくぎ付けになったままたずねると、自分でも聞いたことがないくらい低い声が響いた。
同期は俺の声の低さに驚いたように瞬きをする。
「知らねぇよ。だってこれ、七年前の社内報だから、俺たちが入社する前じゃん」
その答えに彼女との年齢差を改めて思い知り、奥歯を食いしばる。
七年前。彼女はきっと社内の誰かに恋をしていた。
この無邪気な笑顔をカメラ越しに見ていたのが誰かはわからないけれど、
先輩にこんな風に笑いかけられる人物に、気が狂うほど嫉妬した。
『ドラマみたいなふたりのはじまり。03』END
カメラが記録した過去の彼女の姿と
三角関係の予感。
金曜日のショートストーリー
第12回お題「カメラ」
【企画概要】
『金曜日のショートショート』は、隔週金曜日に、お題に沿ってショートショートまたはショートストーリーを書く企画です。
*企画の詳細や過去のお題はマガジンの固定記事をご覧ください。