フレンドリーな取り立て屋さん1 出会い



「お前、コンクリート詰めにして沈められるとしたら、どこの海がいい」
サングラスに赤いアロハシャツ姿のガラの悪い男にたずねられた私は、状況が理解できずに黙り込む。
突然職場に押しかけてきて、こんなぶっ飛んだ質問をしてくるなんて、この人は一体なにものなんだろう。
戸惑いながら俯くと、ハーフパンツから伸びるすね毛の生えた男の足と、蛍光色のビーチサンダルが見えた。
台詞の物騒さとは似つかわしくない浮かれた格好だ。
「普通なら有無を言わせず東京湾だぜ? わざわざ沈みたい海の希望を聞いてくれる取り立て屋さんなんて、うちくらいだぞ。お前ラッキーだな」
そういいながら男は名刺を取り出した。
「フレンドリー・パートナーズ……」
私は名刺を受け取り、印刷してある社名を読み上げる。名前からして胡散臭い。
「そう。うちの会社は社名通りフレンドリーさがモットーだからな」
男は自慢げに胸を張る。
そもそも本当にフレンドリーなら、初対面の人をコンクリート詰めにして海に沈めたりしないと思うんだけど。
そんな疑問が浮かんだけれど、ガラの悪い男に意見できるはずもなく、私はただ黙り込む。
話を聞くと、どうやら彼氏が借金を作り、無断で私を保証人にしていたらしい。
マッチングアプリで出会ったばかりの男だった。積極的に口説かれ流されて付き合ったけれど、最初から私を保証人にするのが目的だったんだろう。
「お前の男、ロクデナシだぞ。借りた相手も悪けりゃ額もでかい」
その額を聞いて凍りつく。私が死ぬまで働いて全て返済にあてたとしても、返すのは難しい額だ。
こりゃあコンクリート詰め待ったなしだな。と私は腹を括る。
就職した会社はブラック企業だった。定時で帰れる日はほぼ皆無で、月末は会社に泊まり込むのも当たり前だった。どんなに頑張っても残業代なんてつかず、手取りはわずか。
それでも必死に節約し、身を削るようにして働きながら生きてきたのに、男に騙されて取り立て屋に殺されるとは。なんてついてない人生だろう。
「で、どこの海がいいか決まったか?」
男にたずねられ、ぼんやりと顔を上げる。視界いっぱいに赤いアロハシャツが映った。パイナップルやヤシの木やサーフボードが描かれた派手なシャツ。
節約することに必死で、ハワイどころか旅行にも行ったことがなかったな。
そう思っているうちに、無意識に答えていた。
「沈められるなら、ハワイがいいです」
ふざけるな、と怒鳴られるかなと思ったけれど、男は表情ひとつ変えずにうなずく。
「了解。ハワイな」
男はハーフパンツのポケットから厚みのある財布を取り出し、一万円札の束を私に押し付けた。
「とりあえず今はコロナやなんやで海外行くのは難しいから、お前しばらく隠れてろ」
「は?」
ぽかんとしながらお札を受け取る。
「今のままの部屋で暮らして会社で働いていたら、あのロクデナシの男がやってくるだろ。それにお前が働いてる会社もクソだぞ。さくっと辞めてその金でしばらくのんびり暮らせ」
「はぁ」
「移り住むならどこがいいかな。とりあえず田舎だな。若者の人手がたりないところに行って、農業とか漁業とか、体を動かす仕事をしろ。お前頭ばっかり使ってるから、血の巡りが悪くなってるし、万年不眠症だろ」
「なんで……」
「んなもん顔を見れば分かんだよ!フレンドリーな取り立て屋さんを舐めんな」
ドスの聞いた声ですごまれ縮み上がる。
男はそれだけ言うと背を向け去っていく。私は思わずその背中に声をかけた。
「ど、どうしてここまでしてくれるんですか?」
男はこちらを振り返りもせずに答える。
「言っただろ。俺たちのモットーはフレンドリーさだって」
そう言われ、手にした名刺を見下ろした。
そこに印刷されたフレンドリー・パートナーズというダサい社名が、今は輝いて見える。
「あ、ありがとうございます……!」
感激した私が深く頭を下げてお礼を言うと、アロハシャツの男はこちらを振り返り、わずかにグラサンをずらした。
そして、その隙間からメンチを切るようにこちらを見る。
「コロナがおさまったらハワイのビーチに沈めっから、覚悟しとけよ」

いや、ここまでフレンドリーなのに、海に沈めるのは揺らがないのかよ。


お節介な取り立て屋さんのシリーズです。
#フレンドリーな取り立て屋さん


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