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トンデモ『過保護』医療②〜整形外科受診と手術までの待機期間〜

日本の医療とカナダの医療のギャップに驚く。

もう10年近く前にはなりますが、カナダのトロントとカルガリーで合計3年間、肩と膝と股関節の手術修行をしていた頃の実体験を元にした話です。

前回の記事で「日本の医療における常識は、欧米諸国からすればこの上なく非常識。」という事実に気づかされる一例を挙げました。
それは、術後の入院期間
いわゆる「社会的入院」とも言えるような、医学的には不要な状況でもただ単に家で暮らすのが大変だから術後に長期間入院し続けられてしまう、ということ。

このような過保護医療について問題提起する記事を読んでも、患者さんの立場からすれば「仕方ないでしょ」ということになり、なかなか賛同意見が得られないことは百も承知で書いています。そう感じるのは、この上なく恵まれた日本の医療環境に置かれていれば致し方ないことかとは思いますが、近い未来に訪れる「社会保障制度の破綻」の一端を担う問題であり、こんな状況は長く持たない、という警鐘を鳴らし続けていきます。

今回は、カナダで診療をしていて驚愕した医療現場での現実。

日本の医療環境が過保護というメッセージを含みますが、でも今回はどちらかと言えば、カナダでの医療環境がいかに過酷か、といったニュアンスの方が強いかも知れません。それと比べれば、いかに日本の医療が恵まれているか。そして、そのカナダの姿が(ただ単に海外の特殊な医療事情というだけではなく)程度の差こそあれ、実は、比較的近い未来の日本の姿を映し出しているかも知れない、と思うのです。

整形外科領域の問題を抱えた患者さんが、手術を受けるまでにかかる時間のハナシです。

肩の腱板が切れた患者さんが手術に至るまでにどれだけ待つ必要があるか。

前回の記事でも出てきた、整形外科における肩の手術の中でメジャーな「関節鏡下腱板修復術」という手術。
簡単に言ってしまえば、肩の中のスジが擦り切れて、そのせいで痛みや動かしにくさがあるから、切れたスジを内視鏡で修復しよう、というものです。
(もちろん、手術する・しないは様々な要素を鑑みて患者さんと相談して決めるもので、「切れている=手術」というわけではないことは大前提としてご理解下さい。)

まず、カナダの医療機関では?

私はカルガリーの有名な肩関節外科医であるボスのもとで手術修行をしていました。(余談ですが、日本では「肩専門の先生」ということになる一方、欧米諸国では"shoulder consultant"となります。医師は先生でなくコンサルタントなんです。)

そこで、ボスの予約外来に紹介状を持った初診患者さんが1日に何人も来ます。私の仕事は、まずそれらの初診の患者さんと話をして診察をして、自分の考察まで含めたまとめを手短にボスに報告する、といったものでした。

患者さんからこのクリニックに至るまでのエピソードを聴取していると気づくのですが、みんな妙に経過が長いのです。肩に痛みを感じるなどの症状が出てかかりつけの家庭医を受診してから、軽く1年以上経っています。

最初は、みんなのんびりしていて気が長いな、なんて受け止めていましたが、実は違いました。

ご存知の方もいるかとは思いますが、欧米では一般的にいきなり専門医受診はできません。肩が痛くて困れば、まず家庭医に相談します。そこで、レントゲンを撮影し、必要に応じてエコー検査が予約され(MRIは高額なので一般的に認められません)施行されると読影結果のレポートが届きます。読影結果が腱板断裂の診断であれば、ようやく専門医に手術相談で紹介となりアポイントが取られます。

紹介先の専門医により外来アポイントまでの待ち時間が異なりますが、ボスの場合の待ち時間は、

なんと、1年!

肩のスジが切れていると診断されてから、専門医に診てもらって手術相談をするまでに、1年かかるんです…。その間に、ずっと痛みに耐えて暮らしている人もいれば、逆に痛みが良くなっちゃっている人もいます。

いずれにせよ、みんな手術が必要と思って、ただただ受診日が来るのを待っているんです。何しろそれがフツーなので。

私が患者さんの診察をして評価して「症状が落ち着いているんならこのまま手術をせずに様子みても悪くないんじゃない?」という提案をしても、その後でボスが入ってきて患者さんと話をすると自然と手術が決まります。

なぜなら、1年も待ってようやく受診できたんだから。その機会を逃したら、もしまた悪化して受診しようとしてももう1年待たないといけない。
だったら、手術しておかないと、ということです。

そこで患者さんが「関節鏡下腱板修復術」を受ける意向を確認すると、患者さんはボスの秘書と話して、手術のウェイディングリストに手術内容と名前を乗せてもらいます。

さて、そこから手術を受けるまでに、どれだけ待つでしょう?

答えは、

もう1年!

そうなんです。
ボスの元に辿り着くのに1年以上かかって、ようやくそこで手術を決めて、いざ手術を受けるのは、そのまた1年後。
1+1=2
要するに、肩の痛みなどの症状が出始めてから診断がついて専門医に診てもらって手術を決めていざ手術を受けるまでに、2年以上かかるんです。

手術室で肩の中を内視鏡で覗いたところで、「あれ?なんか画像所見より断裂が進行しているな」なんてことも稀ではありません。

それがフツーなので、患者さんから文句を聞くことすらなかったのですが、でも、自分が患者なら、正直言ってたまったもんじゃないです。
(もちろんこれは腱板の手術が緊急性の低い予定手術であるからで、骨折などのより緊急性の高い手術は、予定手術の合間などで無理やり施行します)

日本の医療機関では?

日本の医療機関(当院)において、そのような、腱板が切れて「関節鏡下腱板修復術」を受ける患者さんの待機期間は、どれくらいが普通かというと、

せいぜい1ヵ月

そもそも、かかりつけ医を介さないといけないというルールはなく、多くの医療機関では紹介状も不要で、患者さんの自己判断で簡単に専門医を受診できます。その時点で、カナダでの1年をすっ飛ばしています。

検査も、その場ですぐエコーをして診断が確定しますし、手術に向けてより詳細な情報を得るためのMRIも、なんなら同日に施行できてしまいます。

そこでもし手術を決めた場合、(当院では私が手術室を使わせてもらえる提携病院の都合もあり)手術を組めるのは早くて2週間後、遅くても1ヵ月後。でも、どちらかと言えば、患者さん側の都合でもう少し先の日程にすることが多いくらいです。

カナダでは、とっくに診断がついて患者さんに話も入っており(そもそも手術してもらえることは有り難いものなので)手術ありきでスムーズに話は進みますが、日本では(少なくとも私の診療する地域では)もし良かれと思って手術を勧めても、全力で嫌がる人が後を絶ちません。仕事を休めない、麻酔や手術が怖い、などの理由で…。

この件に関しては、カナダの方がいいなんてとてもじゃないけど言えませんが、とにかく、えらい違いです。
比較すれば日本の方がかなり恵まれているのは間違いありません。

カナダでの他の例。

トロントで膝や股関節の人工関節の修行をしていた頃の経験ですが、

カナダの土地は広大なため、田舎には専門的な医療機関は存在せず、都会の中心部に大きな人工関節センターがあり(そこで修行していました)かなり遠方からも患者さんが集まってきます。カルガリーの例と同様に、専門医の受診予約には平気で1年かかります。

車だと1日以上かかるので、受診日に合わせて、飛行機でトロントまで出てきて、ホテルに前泊するの患者さんもしばしば。そして、手術はさらに1年以上あと。他の施設では、3年以上待たないといけない、という噂も聞きました。ご高齢の患者さんも多いので、手術の頃には人工関節を受けるほど元気がなくなってるんじゃないか?なんて笑えないような冗談話も。

整形外科以外の領域でも、

MRI検査は保険適応も厳しいですし4ヵ月待ちとかもザラで、悪性腫瘍の評価目的で撮影しても、待機時間が長すぎて検査結果が出る頃には転移が進行してしまっていた、なんて逸話も聞きました。

この違いはなんなのでしょうか?

この事実を伝えるだけでもう十二分で、あまり解説は要らないかとは思いますが、それにしても、あまりに大きな違いです。

カナダの例は、医療費がすべて税金でまかなわれて自己負担のない国民皆保険を維持するために、医療アクセスを制限した結果です。というか、医療アクセスを良くしたら医療財源が持たないのです。残酷ですが、そうしないと成り立たないから仕方ないんです。

多少の窓口負担があるにせよ大部分は公費や保険料で医療費をまかなっている日本でも同様の制限が必要になるはずなのに、制度上の制限は相当緩く、医療提供側にも患者側にも自制心ありません。持つはずがないんです。

欧州諸国あちこち回った印象としては、国によってかなり違いますし、カナダの例はやや極端ではありますが、でもやっぱり程度の差こそあれ似たような状況が見受けられます。そして、患者さんの医療アクセスが日本ほど良い国はありません。

どう思われますか?

日本の医療アクセスがとても良いことは、患者さんの立場からすれば喜ばしいことかも知れませんが、それはあくまで「システムが維持できるのであれば」というのが前提です。
近い将来にそのシステムが破綻することは残念ながら明らかなのに、そこに危機感を覚える人があまりに少ないのです。
医療のアクセスが良すぎることが、医療の本来の価値の軽視・濫用をもたらして、結果的に自分たちの首を絞める方向に進んでしまっていることを、さすがにそろそろ認識しないといけないのではないでしょうか。

カナダほか英国式の医療システムは非常によくできている一方で、一般の人はアクセスが悪くて選択肢の少ない公共医療を受け、金持ちはお金を払って待たずに有名医師の自費診療を受ける、という資本主義的な二極化をもたらしている部分があります。

日本人的にはそのような分断を良しと言えませんが、でも日本の医療がそちらに向かう日も遠くない気がします。


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