スポーツ医療にとてもモヤる
野球では大谷選手はじめメジャーリーグで、サッカーでは欧州リーグで、多数の日本人選手が活躍していて本当に素晴らしいと思います。
国内に目を向けても、野球、サッカーに限らず、ラグビー、バレー、バスケ、テニス、水泳、陸上、卓球、バドミントン、格闘技、ウィンタースポーツ、X-Games系ほか、挙げればキリがないほど、以前は(野球サッカーと比べれば)マイナーとみなされていた競技の多くが、今ではかなりメジャーになっています。そのスポーツ種目が有名になればもちろんファンだけでなくプレイヤーも増えているわけで、より活躍するために幼少期からクラブチームに入って英才教育を受けることが当然のようになりつつあります。
私が子供の頃は、学校の部活がスポーツ活動の中心であり、一部のエリートや親が熱心な子だけが部活に加えてさらに外のチームで活躍している、といった感じでした。でも今は、そもそもメジャーな野球やサッカーは部活の中心に存在せずマイナーになっており、卓球やバドミントンなどクラブチームがまだあまり多くない競技が人数的にもメジャーになっているという状況が、少なくとも息子らの学校からも、患者さんの話からも窺い知れます。
競技種目も競技者も増えることはスポーツ業界にとって素晴らしいことでしょうし、運動習慣という観点においても(度を越さなければ)健康にもよいことと思います。
ただその一方で、「やるならマジで」「勝ってなんぼ」という雰囲気が強くなっている印象は拭えません。以前にも増して英才教育環境が整っていることに加え、世界で活躍する有名スポーツ選手が多いが故に、目標もおのずと高くなります。
自分が子供だった頃、
野球少年の夢は、甲子園やプロ野球選手だったのが、今ではMLBです。
サッカー少年は、そもそもプロリーグがなく南葛中キャプテンの翼くんに憧れていたのが、今では欧州リーグで活躍して日本代表に選ばれワールドカップを目指す、なんてスケール感です。
少子化で子供の人数は減っている一方で、個々への期待は膨らむ一方。
そこに日本のお家芸である根性論が加わると…汗
もちろん、以前と比べればスポーツ教育もデータ重視の理論ベースになって「ただひたすら反復練習すりゃいいってもんじゃないのよ」ってことは常識になっているとは思いますが、それでも、自分の息子たちのスポーツ環境やスポーツ傷害で受診する患者さんを見ていると、昭和の時代と大して変わっていないことに気付かされ、愕然とします。
(息子が所属していた)アルペンスキーチームで、練習中は飲み食い禁止だとか、挨拶の声が小さいことに対する罰でリフトを使わず歩いて登らされるだとか。クリニックを受診した野球少年に練習頻度を聞けば、週6日なんてザラです。北海道という地域性はあるのかも知れませんが、でも都市部で診療している時にもそんなハナシはよく聞きました。
多くの子供たちにとってスポーツは、
「楽しみながら心身の健やかな成長を促す」手段の1つにすぎないはず。
それが、
「やるなら限界まで頑張って大会で結果を残したりプロを目指すのが当然」かのような雰囲気が、一部のエリートに限らず全体に蔓延っている感が否めません。
いわゆる「手段の目的化」
スポーツは死ぬ気で頑張って当然と思い込んでいる人がどれだけ多いことか。
まあでも、こんなのは以前からずーっと問題視されていたけどちっとも変わらない、というたぐいの話題であり、ここで議論するつもりはありません。
私がもの申したいのは、この日本のスポーツ業界に関わる医療について。
医療者側にも、競技者(患者・保護者・指導者)側にも。
医療者側の問題
「スポーツ医」とか「スポーツ専門医」とか、響きはいい。
整形外科の医院や病院で、その看板にスポーツ医学と銘打ってあったり、そもそもの名前に〜スポーツ整形外科と入っていたり。
「チームドクターをしています!」とか、
「選手を全力でサポートしています!」とか。
なんとなく、先生がジャージ姿で爽やかにスポーツ選手の元に駆け寄っている姿が想像され、大変良い響きです。(実際の患者さんの大半が高齢者だとしても)そこに通う患者さん達も悪い気はしないでしょう。
そもそも論であり、これを言ってしまうと議論が終了するのですが、
「スポーツ医」の育成臨床研修プログラムは存在しない。
日本でスポーツ医を名乗る医師のほとんどは整形外科医で、講習を受けたり研修会に参加することで資格(※ 認定スポーツ医、健康スポーツ医)は取れますが、スポーツに特化した診療現場で研修を受ける機会は与えられません。
欧米の医学研修システムの中には、研修を終えた診療科(たとえば整形外科)の中でさらに専門分野に特化した領域の研修をする半年〜1年のプログラム(subspecialty fellowship program)があり、それを修了して初めてその領域の専門医を標榜できます。日本にはこういった研修システムがありません。
スポーツ医学に限らず、そもそも専門分野に特化した研修プログラム自体が存在しないのです。(基本的に言ったもん勝ちなのです。)
ちなみに、欧米でsports medicine fellowshipを終えてスポーツ医を標榜する医師の多くは家庭医や内科医であり、整形外科医ではありません。
整形外科医としてのfellowship programにスポーツ関連のものもありますが、膝や足や肩や肘の関節の手術を中心にやっているとスポーツがらみの患者が多くなるからそう呼ばれているだけで、スポーツ患者の手術だけをしているわけではありません。
そもそもスポーツ傷害患者の診療の中心は(外傷を除き)そのほとんどが保存療法であり、手術を要するケースはごくわずかです。手術をする時点で元の競技レベルに復帰できない可能性が高まるので手術適応判断は相当慎重になります。ゆえにスポーツ診療において整形「外科医」が必要になる状況は多くなく、「スポーツに特化した整形外科医」なる役割っていうのが存在する意義は乏しいのです。
なので、整形外科医が自分のことをスポーツ医と呼んだり、開業した途端に看板に「スポーツ整形外科」とか入れるのは、なんだか変な感じなのです。
少なくとも私には「外科医でない」と宣言しているかのように聞こえます。
こんなこと言ったら袋叩きにあうので小声で言いますが、日本でスポーツ医を名乗る先生の多くは「スポーツ(が好きな)整形外科医」です。
そう呼ぶ理由は、
・響きがいいから
・患者さんが来やすいから
・若くてやる気のあるスタッフが集まりやすいから
実際診ている患者さんのうち、大多数が高齢者でスポーツ関連はごく一部であっても、スポーツクリニック!
すいませんでした。この辺にしておきます…。
競技者側の問題
前述のような医療者側の姿勢が、競技者側にも悪影響を及ぼしています。
「スポーツクリニック」なんてところがあれば、
スポーツ競技者は、なんとなく
「お客さま気分」で受診してしまう。
整形外科医院で診療をしていると、親に連れられた(もしくは単独で)スポーツ少年少女がよく来ます。しかも、競技レベルが高ければ高い(と本人が思っている)ほど、どこか誇らしげに、時には横柄な態度で。
「折れてないか知りたいだけ」
「試合前に調べておきたい」
「痛みを取ってくれればいい」
など。
自治体にもよりますが、
子供の医療費窓口負担は多くの場合、無料かせいぜい1割。
ただでさえ金銭的なハードルが低く、「スポーツ」を謳っている医院なんてもう「歓迎されて当然」くらいのノリで来る人も少なくない。
うちのクリニックなんて本当は(”アンチ”スポーツクリニック)という看板を出したいくらいの気持ちで院長は診療に臨んでいるのですが、それでもいっぱい来ます。
肘が痛い、肩が痛い、膝が痛い、足が痛い、腰が痛い。
当事者なのにほとんど言葉を発しない小中学生・高校生と、
子供のチーム内での重要性をやたら強調する親。
スポーツ少年少女に休養を勧めた際の保護者の定番のセリフ、
「うちの子が抜けるとチームが困るんです!」
………。(知らんがな。)
助言を聞き入れる気がないなら、最初から受診しないで。
都合の良い返答を得ようと、医師に交渉をしないで。
助言を無視して結果的に悪化させても、連れてこないで。
お願いですから、そんなことに医療費(他の人が払った社会保険料、税金)を使わないで下さい。
保護者だけではありません。
「指導者」の立場の人も。
患者である少年少女に、なぜか監督とかコーチとかという指導者がくっついて診察室に入って来ることがあります。
もちろんこちらは呼んでも頼んでもいません。
保護者ですらないから、よりタチが悪い。
こちらの説明をろくに理解もせず、復帰時期の交渉に入って来ます。
プロスポーツチームの監督がチーム専属のメディカルチームに打診でもするかのように。
「本人と話しているので、少し黙って下さい。」
診療妨害以外の何者でもないので、ひどければ、退出を促します。
先日、あまりにひどくて呆れて絶句したできごとがありました。
受付に野球少年の親から電話相談が来たそうです。
「チームの監督から、(ピッチャーである)息子の肘に問題がないか整形外科で診てもらって来るように言われたのですが、診てもらえますか?別に症状は何もありません。」と。
は???
保険診療で、無症状の野球少年の肘の健診をしろ、と???
院長の私に問い合わせることなく事務が断ってくれて、その際に電話口の親もさすがに「そうですよね」と言っていたそうですが、
それにしても、
保険診療に対する常識も倫理観も欠落したそんな人間が少年野球の「指導者」を務めていること、
そして、
その非常識指導者の見当はずれの指示に、親が疑問も抱かずに従ってしまうこと(もしくは疑問を抱きながらも意見を述べられない環境であること)
そんな中で、スポーツを通して子供が素直に成長できますか?
考えることのできない社会性に欠けたスポーツ選手を作り出していませんか?
スポーツ医療、素晴らしいものだと思います。
頑張るスポーツ選手たちを応援して、故障を直したり故障しないように誘導して、活躍できるようにしてあげる。
でも、そこへ無尽蔵に医療費を注ぎ込むべきなんでしょうか?
百歩譲って、スポーツ中の骨折や脱臼や捻挫などの怪我なら仕方ない。
しかし、投げすぎて肘が痛いとか、ジャンプしすぎて膝が痛いとか、走りすぎて足が痛いとか、泳ぎすぎて腰が痛いとか。
それでいて、日常生活は特に困らないと、だいたいみんな言います。
「スポーツ控えたらどうですか?」
医師の助言を受け入れる気がないなら、保険診療ではなく、自費で診療を受けるべきです。
無理を押してまで子供にスポーツを続けさせて、何か社会に役立ちますか?
社会保険料や税金から支払われた医療費に見合った社会貢献ができますか?
という思いを押し殺しながら笑顔で診療にあたる日々です。