トンデモ『過保護』医療①〜肩の手術後の入院期間〜
日本の医療における常識は、欧米の非常識!
日本で医師としてある程度経験を積んだのちに、海外の医療現場を経験すると驚くことがたくさんあります。
日本以外で私が医療に関わった国は、カナダ、米国、欧州諸国ですが、中でもカナダでは実際に医師として外来診療や手術を行ったり、自分自身が患者として受診して手術を受けたりしました。(憶測でなくて実体験からの一次情報です。)
そんな中で、日本との違いに驚かされる場面が幾度となくあったわけですが、その驚きを現地の同僚や指導医や患者さんや友人に伝えると、逆に驚かれることがほとんどでした。
「え!?そんなんでどうやって成り立つの??」と。
そして、私も海外で経験を重ねるにつれ「欧米が日本と違う」のではなくて、「日本の医療システムが異常」なのだ、という事実に気づかされます。
欧米諸国では、医療従事者のみならず誰もが(日本と比べて)圧倒的にhealth care system(医療制度)に関するリテラシーが高いのです。
別に誰もが勉強しているとかではなく、ただ単に、医療へのアクセスの悪さや費用の高さから、医療資源の貴重性を理解せざるを得ないのです。
そんな人たちに日本の医療事情を伝えた時に返ってくるのが、
「そんな無駄遣いしていたら、医療財源が持つわけないでしょ。」
という、常識的に考えれば無理でしょソレ、という極めて冷静でまっとうな反応なわけです。日本にいたら、そんなこと考える人はほとんどいません。まさに、井の中の蛙。
日本の医療における常識は、欧米諸国からすればこの上なく非常識。
なんです。
というわけで、
いかに日本で医療がneglect(軽視)、abuse(濫用)されているかについて、例を挙げつつ数回に分けて語ります。
初回は私の専門分野である肩の手術の「術後入院期間」のハナシ。
肩の手術をした後にどれだけ入院しているか?
整形外科領域で、肩の手術はまあまあメジャーな手術です。
そんな中で(骨折や脱臼などの外傷に対する手術以外で)最も頻度が多いのが、内視鏡を用いて断裂した腱板を縫う「関節鏡下腱板修復術」という手術です。
典型的な患者さん像は「まだまだ働かないといけないのに肩が痛くて困るから治して仕事に復帰したい」という人。要は、患者さんの多くが中高年の元気な方々なのです。
手術直後は結構痛みが強い場合もありますが、基本的に健康で、別に脚は普通に動くので、麻酔から覚めてしまえば手術した日でも歩けるしトイレへも自分で行けますし、食事も摂れます。
日本の医療機関では?
日本の医療機関において、そんな「関節鏡下腱板修復術」を受けた患者さんの入院期間は、どれくらいが普通かというと、
約1ヵ月。
スリングという腕を吊っておく装具の装着期間が1ヵ月くらいであることが多いから、手術した腕を固定している期間は入院して毎日リハビリする、という雰囲気になっていることが多いです。
この入院期間はもちろん、患者さん個人でも医者によっても施設や地域によっても異なるので、術後1週間で退院する人もいれば、2ヵ月近く入院している人もいますが、医者の間でも患者さんの間でも、だいたい1ヵ月くらい入院ってのが、なんとなく常識な雰囲気になっています。
(私自身は、患者さんには主体的に自己管理できるようになり、術後1〜2週間で退院するよう術前から促していますが、それでもなかなか帰ってくれない患者さんもいます。)
その1ヵ月の入院中に何をしているか?ですが、
実際のところ、ほとんど「病院に住んでいるだけ」です。
夜は消灯時間に合わせて眠り、日中は上げ膳据え膳の3食と、リハビリをしている時間ももちろんありますが、多くの時間はただ病棟で過ごします。
診療行為のために必要で入院しているのではなく、家で片手で暮らすのが大変だから(もしくは早く帰ると奥さんに嫌がられるから)病院で暮らしている、といった感じです。
はい。
ここでは、所感は述べません。
欧米の医療機関では?
では、欧米の医療機関ではどうでしょう?
「関節鏡下腱板修復術」を受けた患者さんの入院期間は、どれくらいが普通かというと、
ゼロ日。
はい。入院しません。
(入院させる施設が全く無いというわけではありませんが、)
基本的に、日帰り手術です。
何故か?
簡単です。
別に、入院する必要がないから。
早朝に病院へ来て、術後はrecovery room(回復室)で全身麻酔から意識がしっかり回復するのを待ち、痛み止めを処方され、創部管理やリハビリ(自主訓練)のパンフを渡されて帰宅します。
これが普通なので、誰も文句も言いません。
術後の成績が日本と比べて悪いということも、特にありません。
この違いはなんなのでしょうか?
この事実を伝えるだけでもう十二分で、あまり解説は要らないかとは思いますが、それにしても、あまりに大きな違いです。
「手術前日に入院して、翌日に手術をして、その後30日間入院した場合」と、
「日帰り手術で入院せずに同日帰宅する場合」にかかる医療費とを比べたら、具体的な試算をするまでもなく、どう転んでも後者の方が圧倒的に低コストです。
欧州諸国は(カナダを含め)英国の医療制度を踏襲している国が多く、公共医療であれば皆保険制度なので、この「関節鏡下腱板修復術」も患者自己負担はゼロなのですが、誰も入院させてくれとも言いません。入院しないのが普通だからです。(私もカナダで腰の手術をしたのですが、さすがに術後数日入院は許されていたものの気合いで1泊のみで帰りました。)
米国ではシステムが異なり、入院していると高額請求されます。なので、もし仮に入院を勧められても患者側が断りますし、入院期間が延長されようものなら、なんとか早く帰ろうとします(日本の患者さんとは真逆の反応)。(私も、米国留学中に妻が出産しましたが、妻も出産翌日に逃げるように帰ってきましたし、黄疸が出て再入院して青い光を当てられていた息子も、可哀想だけどとにかく早く回収したい気分でソワソワしていました。)
かたや日本では、英国系とは異なる皆保険で3割の自己負担があるにしても、高額療養費制度があるので、所得に応じて月の自己負担上限額が定められており、上限に到達するので同一月内であればたくさん入院していても自己負担はどうせ変わりません。だったら長く居よう、という発想になります。入院していた方が楽だし。そこで医療制度リタラシーが働く人はまずいません。
もちろん一長一短があるハナシであり、どちらの制度が優れている、というものではありませんが、前述の中でどの国が変わっているか?と問われれば、確実に日本です。もちろん、患者の安全面や安心度的には良いですが、そんなんでは医療財源がもたないことは明白です。この肩の手術はあくまで一例として提示しただけであり、整形外科領域で他の部位の手術でも当然同じことは起こっていますし、他科でも多かれ少なかれ、同様の問題がいくつも存在しています。
そして、
一つ前の「カモネギ開業表明医師」の記事に戻りますが、
https://note.com/kitakata_incho/n/nf29a3f602308
このように日本でabuse(濫用)されている医療には、さまざまな業種が群がって利益を得ています。
なので誰も声を上げません。
こんなに浪費されている医療費は一体どこから来ているんでしたっけ?
そうです。