偉大なひと
B'z presents UNITE #01
10月10日にMr.Childrenを、10月17日にGLAYをゲストに迎えてB’zが有観客ライブを行った。私は配信でミスチル分を見た。素晴らしかった。素晴らしかった。素晴らしかった!
30年近くミスチルのファンである。ミスチルの歌がテレビやラジオで流れると心がぽっと明るくなって、体の力を抜いてその波に寄り掛かるような気持ちになる。だから、桜井さんがその才能で巨大になったチームを、深く悩みながら引っ張っている様子を見て心を痛めることがあった。体の衰えへの焦りや声の調子やBankbandや小林武史やメンバーとの距離やCDの売り上げや車に轢かれたりするアンラッキー、よく分からないけど何かに悩んでいることだけはダダ漏れに漏れていくタイプのアーティストだから、近年ライブを見ていると「悲壮感」という言葉さえ浮かんだ。どんなにCDやDVDを買って、ライブで心をこめて拍手をしたって、桜井さんが満たされることはない。「あなたの曲や歌を私たちはいつでも待っていて、聞けるのがいつも嬉しい。イノセントワールドも大好きだけど、別にライブで歌わなくてもいい。新曲だってずっと待っている」ということがなぜか騒音に紛れて伝わらない。私たちはすごくミスチルが好きだけど、桜井さんは私たちを好きではない。なんとなく、そんな風に感じてライブから遠ざかっていた昨今であった。桜井さんを見るよりシャチホコ見てるほうが多かったくらいだ。
そんな桜井さんが、B’zの稲葉さんとyoutubeでやった対談を見たときに、目から鱗が落ちるとはこのことかと思った。
いかにもかっこいい顔とスタイル、ひたすら高い声、ふざけてるんでしょその歌詞と服装イェイ
というのが、それまで私の稲葉さんに対する印象だった(ごめんなさい…)。いいじゃないOhミスユアセルフはふざけてないのかという話にもなるのだが、私にとってシンガーのイメージは歌詞と結びついていて(マサムネとか、トータスとか、ね?)あの歌詞を書く人がああいう言葉であんな話し方をするなんて予想もしていなかったのだ。
対談で稲葉さんが相手の話を聴く姿勢の穏やかさにまずびっくりしてしまった。「桜井のやりたいことが見たいというファンと、皆さんが喜ぶことをやります(もうやりたいことは特にないから)という自分が噛みあわない」と話す桜井さんに静かにうなずいて、「曲を作っても、もう世の中に出さなくていいんじゃないかと思う」という発言には「お客さん、待ってますから。」と言った。同じくらい大変なところで生きる人からの本気の理解、共感、真っ当で優しい返し。対談が進むにつれて桜井さんが、言葉を選ばずに書くが「正気になっていく」ように感じた。本当に光が射す方を見つけたというか。
そういえば、稲葉さんは学校の先生になりたかったのだと思い出した。
で、その対談がきっかけだったのであろうライブが「B'z presents UNITE #01」である。桜井さんが幸せそうなのはあきらかだったが、ミスチルの他メンバーがあんなに楽しそうに歌うのを久しぶりに見た気がして涙がどうどう出た。楽器を弾いてるからだけじゃなくていつもなんとなく斜め下を向いているイメージなのだ。以前ドキュメンタリームービーを見たときの、レコーディングで何度も何度も、何度も同じところを繰り返す桜井さんに「桜井が納得いくまでやるしかない(違いはよくわからないが。)」という空気、一方「あれ以上桜井を歌わせてはダメだ(体調がやばい)」と話し合うメンバーを思い出した。全員、とても苦しそうだった。桜井さんは絶対に組みたくないタイプのCD(クリエイティブディレクター)に見えたし、痛烈に孤独だった。
ライブで、高いキーを無理して出さないのも良かった。対談で言っていたように、もう恋愛に全く興味がないし高い声もでないというのなら、若い頃の歌は歌わなくていいと思うのだが、だめ?ダメなんだろうなきっと。
歌われたB’zの歌を自分が全部知っていたことにも驚いた。どの曲もフルコーラス聴いたのは初めてだったのに、サビ以外もなんとなく知ってる。新曲すら聴いたことがあった。すごいなあ、B’zって。
稲葉さんは、歌いながらしょっちゅう松本さんのところに行く。松本さんはそれには反応せずそのままギターを弾く。でも、桜井さんが歌いながら松本さんのそばに行った時は桜井さんを見てにこりとしたのも感動した。
書きながら思い出しちょっと泣いて中断してしまった。我ながら気持ちわるさとロマンティックが止まらない。これからも静かなファンとして愛し抜いていく所存である。
あと、強く思ったのは「人を一方向からのイメージだけで判断しないイェイ」ということ。改めて。本当に。
嬉しいのであった。
かっこいいのであった。偉大なひとだ。
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