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それは恋じゃない



自分のことについてさまざまに考えていたら(贅沢)、本来の課題とは別のところで気づいたことがあったので書いておこうと思う、
恋の話である。

私にとっての恋は「この人すごく面白い。考えていることをもっと聞きたい。私の考えと比較したい、一緒に。そして見た目も結構好きかも」である。そして私は、男の人にとっても恋とはコレだと思っていたのだ。畢竟私の恋のアプローチは「解けない謎を一生懸命考えて伝えること、生きることの喜びや不思議を共有すること」だった。気持ちが伝わったときは愛の告白に成功したくらいに思っていたし、ふたりで飲んでいて「女子のなかでは一番おもしろいと思う」などと言われたらその言葉は「全女性のなかでただひとり君が好きだ今夜は離さない抱いてたい明日の朝まで」と聞こえていたわけである(タクシー代を渡され帰宅)。

朝まで語りあったのに、偶然同じ本を読んで同じページに感動していたのに、ダサい人とダサくないひとの定義が完全に一致して死ぬほど笑ったのに
な ん で つ き あ え な か っ た の  か。

謎がすこし解けた。私の恋と、ふつうの男子の恋はけっこう激しくちがう。だから相手から好きになられるとちょっと意味がわからなかったし、気持ちが悪かった。絶対に両思いだと思っていた人には彼女がいて、その人が小さくて、かわいくて、つまらないことでくすくすと笑うのを見て本当に不思議だった。あと、よく喧嘩して別れない男女も不思議だった。でも、恋だったら、男と女だったら、それは正解なんだよね、と分かった。

特に膝を打ったのは、知的好奇心が薄くやんちゃな男子と全く合わなかった記憶についてだ。ああいうひとたちは「女は弱くてこわくてかわいいんだ。俺、チンピラからおまえ守りたい」みたいなことをマジで思っており、私は「もし輩におまえがからまれたら俺はこうするんだぜ一人芝居」をパイの実などを食べながらうなづいて聞いていた。理解できなかったし、冗談だと思っていたし、気をぬいたら相手が話し終わったあと拍手しそうだった。

どうしてあんなに「りぼん」ばっかり読んでいたのに恋を勘違いしたんだ。分かったところで活かすアレもないのだけど、分かることは分からないことよりずっといいことだ、私にとっては。
すっきりして春の連休に入りたいとおもいます。
あと、もう少し女になっていこうとおもいます。


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