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8.停滞する毎日から脱出する方法を見つけた。

友達や親には、楽しくクリエイティブな仕事をしているようなことを言っていました。今日の撮影はすごく疲れたけどいい写真が撮れた…などと、mixiの日記に綴ったりしていましたが正直、写真のクオリティいまだによく分かりません。恋愛の方も、良いニュースはありませんでした。転職してまで、家を越してまでおつきあいをつなげようとした相手とは終わってしまい、なんとなく近くにいるけど曖昧な感じの男の子がひとりいました。私が頭であれこれ考えているだけで実際に何かが進行することもなく、ランチのときはいつも同じメンバーで、いつも同じ話をしていました。
淀んでいる。動きがない。私はこういう状況が苦手で、だんだんと心が参ってきました。朝起きられなくなり、会社を休むこともありました。何かを動かしたくて、曖昧男子が「彼女と別れてらにと付き合う」と言っていたことを蒸し返し、その後どうなっとるのか聞いたら「そんなことを言った覚えはないし付き合う気もない」と言われました。深夜のデニーズで会ってその点について詰め寄った際、彼はウェイトレスさんを呼び「この人、下げちゃってください」と、言いました。
そんな冴えない日々が1年位は続いた頃、なぜか、なぜか!私は気がついたんです。「今の仕事を、一生懸命やってみよう」と。それまで「この仕事はリライトでも雰囲気で適当に書いたコピーでも通る」と気づいてからそれなりにやっていました。先輩はしっかりとその辺を見抜いていて「さらっと読めるけどなんか…(つまらない)」と言ってくれてましたし、「デザイナーが組みやすいように横の文字数を合わせて書いてあげたら(もう一歩踏み込んで仕事しなさい。自分の最低限の役目だけをやっていないで)」とも忠告されていました。でもそんな折、私がコピーライティングを担当したページの、おしどりの置物が黒田清子さんのご結婚祝いとして天皇陛下にお買い上げいただくという誉があったりして、先輩の優しさは私に届きませんでした。こんなもんでしょう?と仕事をしていました。それで淀んでいるだのつまらないだの言って心を悩ませていたのでした。この阿呆癖は、なかなか治らない私の生涯の敵でもあります。このときはかろうじて勝ちましたけどね。

今与えられている仕事をどれだけ大事にして、与えられたテーマについて沢山の方向から考えられるか。相手の立場になって考えられるか。それが仕事を楽しくする最も簡単なコツだということは、そのときは分かっていませんでした。(わかったいまも、気をぬくとすぐ手をぬいてしまいます)しかしそのときの私は、急に心を入れ替えたんです。理由は今でもわかりません。
私は、自分が作っている会報誌の過去号と、それがお手本としている雑誌「家庭画報」をデスクに積んで、久々にコピーの勉強をはじめました。自分が書いたことのない言い回しは実際にノートに書いてみて、手と脳になじませるようにしました。そうか、本当にコピーを書くには、商品をつくる素材のことからもっとよく知らなければと当たり前のことに気がつきました。求められる人材になるには、コピーが書けるというだけではなくてもうひとつかふたつ特技が欲しいと思うようになったのもこの頃でした。たとえば◯◯の知識が人よりもあるから、その分野のコピーならばらにしみずさんに頼もう、と思われるとか。コピーも書けるけど、写真のアングルも決められるとか。コピーも書けるけど、プレゼンもうまいとか。
できることからやってみよう、まず、自分が担当しているジュエリーの分野を深めよう!と学び始めましたが、気がつくとデスクで深く眠っていました。「モノ売るコピー」は苦手かもしれないということに気がつきました。
とはいえ、仕事自体は俄然楽しくなりました。

それから、たった1週間くらい後のことです。コピーライター養成講座のスドウさんから着信がありました。「らにしみず、元気か?仕事はどう?楽しいか?」「はい、最近楽しくなってきました」と私は言いました。「実は、1件紹介したい会社があって。鉄道系の広告代理店の制作室で人を募集してるんだよ。どう?らにしみずは代理店向きなんじゃないかと思ってたんだけど」東急エージェンシーですか! 私は聞きました。違いました。それでも、代理店です。代理店のコピーライターなんて、電通や博報堂みたいではないですか。私は、話を聞きたいです、と言いました。目黒のコピーライターとしてスタートしたときから、私はいつかステップアップして電通とかで働けるのかな!と無邪気に思っていたのです。社内で「自分は30歳まではここにいないから」と、仕事をしながら口に出して言ってもいました(送別会に社長が来てくれないのも当然です)。目の前のことを一生懸命やれば道は開ける。よく言われる話を体感した瞬間でした。なまくらコピーライターに大きなステップがやってきました。

階段を上がった先は、地獄でしたけどね。


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