試着室で恋を思い出す余裕がない(外に出ないからこそ服を買った話)
3月末から会社に行かなくなったら、服を買いたいスイッチが入った。ここまで入ったのは生涯初だと思う。そもそも私は、服をあまり買わない。会社に行くくらいのお出かけレベルだったら、夫のお下がりを着ている。そして、服が好きな夫が「この服のここが良いんだ」と自分の目でしっかり選んだ高い服をそんなふうに着ている自分を、あまり好きではない。
20代の頃、とても素敵な服を着て出社してきたデザイナーが(スカートの柄をまだ覚えているくらいその日の彼女はキラキラ輝いていた。髪型も変えていた。プライベート感満載だった。きっと夜は大事なイベントがあったんだろう)大きなミスをして、みんなの前でめちゃくちゃに怒鳴られて深夜まで残業をしていたとき、私は思った。「あんなに素敵な服を着ていなかったら、今日もう少しマシな気分だったんじゃないだろうか」。逆だという考えもあるだろうと思うけど、私だったら泣いてしまう、完璧におしゃれして深夜までひとりミスを修正する自分。30代の頃、会社のトイレでメイクを直していたら隣にいた先輩が鏡を見ながら、私を一瞬も見ずに「はいはい、かわいいねー。美人さんですねー。」と無表情で言い、出て行った。まあそんなこんなで、私は会社には作業着(的考えの服)で行っていた。35歳くらいまでメイクも髪もオートマチック。服でコピー書くんじゃないし。こんな考えもあったし。
さらに、店舗でしか服を買ったことがなかったファッションビギナーの私は、買い物自体にストレスを感じていた。
◎買うものが決まってないから「何かお探しですか」は困る。
◎自分のスタイルとかないからファッションの話自体されると困る。
◎着替えるのが遅いから試着室で「いかがですか」と声かけられたときこちらはほぼパンツで困る。「試着室で思い出したら本気の恋」って誰なのそんな余裕ある人。(これはルミネのキャッチコピーです)
◎スカート単体はいいけどこれになに合わせたらいいっけ…って試着室滞在リミットのうちに思い出せない。本気の恋の人思い出す余裕ますますない。
◎試着室の鏡って実物より細く見えない?あと部屋狭すぎない?
◎買ったものをお店の出口までお持ちされるの困る。この辺で振り向いてショッパー受け取る?もう2歩先?ライン踏んでから? 困る。
◎ちょっといいなと思っていったんスルーして、次に行くともうその服ない。ていうかそのお店何階だったっけ。このビルだったっけ。
◎「狙ってた品をセールで見つけてお得にゲット!」って私には「リキッドルームのステージ上のチバユウスケと客席の私の目があってお互いに一目惚れ!」くらいありえない。夢にもみないくらい潜在意識から存在しない。
外に出られないならネットで服を買ってみようかなと、なぜ思いついたのか今もよくわからないのだが、サンダルをひとつ買ったのを引き金にネットショッピングデビューをした私の給付金は(一部の寄付を除き)ほぼ服に消えた。休止したヨガスタジオ代やランチ代が浮いた分も服を買って服を買って靴を買って服を買った。ゆっくり探して、色違いも取り寄せて、家の鏡の前でゆっくり着替えられる。家にあるすべてのアイテムと合わせられる。申し訳なくならずに返せる。商品をお気に入りに登録しておくと値下がりした時やラスト1つになったときに教えてくれたりする親切さには「この店は私を大事にしてくれる、もう全部このサイトから買おうじゃないか」と思った。20代からいままで広告制作を学び、企画書を書きながら「一体どこにそんな店にとって都合のいいことを思う素直で阿呆な消費者がおりますか」と思っていたことを一言一句違わず私は思った。(しかもいまやこのようなサービスは当たり前だというではないか。親切が致死量に達しそうだ)。色や素材、形、ほんの少しの違いで素敵だったり安っぽく見えたりするということや、このブランドの服はLでも小さいから私には絶対に無理なのだとか(当方170cm)、これはプチプラでいい、これはある程度値段がしないとダメというものがあること、パーソナルカラーや骨格診断の結果はいちど全部忘れていいこと、しかしあとで思い出すとなかなかに鼻腔が膨らむ納得感があること、お店にある商品はほんの一部なんだということ。服が好きな人が瞬時に判断できる色々なことを、私は初めて体で理解した。ファッションについて詳しくなったのではない。自分について一段詳しくなったのだ。何よりも、そういうことを分かった上で、再び店頭で店員さんと話すと結構楽しいということを知った。私はちょっと鈍いからしばらくの間「なんか最近店員さん運がいいな」と思っていたが、そうではなくて、自分の話を店員さんとできるようになったのだ。全くおしゃれにはなってないけど、毎日ちゃんと理由があって選んだ好きな服を着るようになった。
ユニクロにびっくりする名品があることも知った。有名スタイリストが監修に入ると1万円くらい値段が上乗せ(言い方よ)されていることも気づいた。天気を見るのも湿度を調べるのも旬の果物を見るのもすこし嬉しい。1日の流れを予測するのも今日会う人を一人一人思い浮かべるのもすこし楽しい。思い切って髪を切ってみたら後ろからみるとまるでおはぎの仕上がりだがそれも新しい。
新しい服を着て会社に行ったら即、女子社員に「イメチェンですね?」と言われてひるんだ。私はちょっと女の人をビビりすぎなのかもしれない。