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松下洸平さんの文章

自分の本の宣伝しろよ、と言われそうだが、別の本を紹介します。
というのも、なんとなく頭がうまく回らないな、と思ったときに読んだ本が、とてもよかったからです。

紀伊国屋書店を歩いていて、買う予定だった本も見つかり、レジに行く前にひとまずなにか他に面白いものはないかな、とふらふらしていた。ちょうど発売ということで、この本がいい感じに展開されていた。
いいな〜、俺の本もこんな感じで頼んますよ、見つけてくださいよ〜と、いつもだったら僻んだ気持ちになるのだけれど、表紙がいいなと思い手に取った。この絵を描いている人はどんな人だろう、とクレジットを確認した。
自分の本の表紙を描いてもらいたいな、とイラストレーターさんをチェックするのが癖になっているのだ。
どこかでこんなタッチを見たことがある気がした。人気のイラストレーターさんかな、と思ったら、ご本人だった。ぱらぱらと中身を捲ると、そのなかのイラストもいい。とくに「ハイエース」「じいちゃん」のイラストが素晴らしかった。その一枚だけでとても豊かな物語が広がっている。

会計を済ませて喫茶店に入り、作業をする前にちょっと二三編気分転換に読もうかな、と軽い気持ちで読み始めたら、結局最後まで止まらなかった。
(なのでまったく本日小説を書きませんでした)
イラストと同様に潔く的確で、ここ最近読んだ文章のなかで一番好きかもしれなかった。
志賀直哉の「城の崎にて」で、記憶があやふやなんだけれどイモリだかヤモリを「いい色」と書いていたと思う。どんな色か? を描写するのに「いい」を選ぶセンスに、すげえなあ、と感動を覚える。
松下さんのエッセイを、ぼくは「いい文章」だなと思った。言葉の連なりがいい。末尾を「た」で続け(好みである)、ときおり挟まれる現在形が絶妙なアクセントになっている。「た」と書き連ねるのはいまどきは作文ぽくなると敬遠されがちなんだけれど、ぼくは凄く好きだ。それは実は小手先の問題でしかない。俳優でありミュージシャンだからだろうか、音に敏感でリズムがある。
文と文のあいだの距離感が素晴らしく(だいたいの「おもしろいエッセイ」は間(ま)を嫌うので埋めようとしたり盛る)、潔い。
こういう文章を読んだことがあるな、そうか、志賀直哉だ、と思った。
エッセイは自分をどうにかして客観的に、どこか自虐的に遠近や角度を変えて書くものだけれど、松下さんは、事象をじっくりと適切な距離をとって見ている。
俳優としての仕事や同僚のみなさんのこと、身近な人のことを書いているのに、そこになにひとつ優劣をつけていない。
その風通しの良さが、読んでいて心地よく、そして美しい。

この愛すべきエッセイ集、くたびれている人に読んでもらいたい、と思った。素直にものを見ることが難しいときに、肩の力を緩めてくれるはずだ。

引用したり、ここがよかったと挙げたいところですが、発売したばかりなので控える。
感動しすぎてぼくは写真集も買いました。

(そしてこの感動を綴ったもんだから結局小説は書きませんでした)





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キタハラ
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