僕は原田宗典が大好きだ、あと『メメント・モリ』は最高
読み終えて、呆然とした。なぜこれを、いままで読んでこなかったんだろう。もっと早くに読んでいたら、なにかが変わっていたような気がする。そんなふうに思った。
とにかく、原田宗典さんの『メメント・モリ』が素晴らしかった。
ぼくの世代にとって、原田宗典というのは「とほほエッセイの人」だ。書店の新刊台でいつも見かける、雑誌のページをひらいたら「ここにも原田さん」というような、とにかく売れてるエッセイストだった。
小説を書き、エッセイを書き、戯曲を書く。はっきり言おう、僕は原田宗典みたいになりたいと学生時代、憧れていた。
とほほエッセイはもちろん、原田さんの書く青春小説は、読んでいて痛みがあり、中毒性がある。経験が足りない、成長もどこか遅れているようなおぼこい自分にとって、彼らが経験する一つ一つが、まぶしかった。
ぼくは二十歳を過ぎてから演劇をはじめた。そこでも原田宗典の凄さを感じた。戯曲がめっぽう面白い。しばらくして壱組印として活動再開され、運良く観ることができた。最高だった。
なんとなくだが、原田宗典さんの作品を、読み切ったように思っていたのかもしれない。
『メメント・モリ』が雑誌に掲載されたときも、「お、復活だ」と思いながら、読むのを後回しにしていた。
そして僕は小説家になった。
なにか面白いものはないかな、と図書館をぶらついていたとき、文庫の棚で原田さんの本を見つけた。
エッセイだし、ひとつひとつが短いから、書く合間に読むのにちょうどいいかな、と気軽に借りた。
喫茶店でさてと、と開いて最初のエッセイを読んだときだ。
「自分はいったい原田さんのなにを読んでいたんだろうか?」
とにかく一つ一つが濃い。一つ読むごとに「むふふ」ってやつ、そして止めることができない。
エッセイは自分をどう設定するか、そして自分を含む全てを客観的に見つめることが大事だと思う。
勢いのある文章と流れ、原田さんのエッセイは一見さらりと読めてしまう。もした自分は斜め読みしてきてしまっていたのではないか。
こんなうまいごちそうを、自分は楽しんできたのか。もしや自分の読書経験は、ただ文字を追うだけだったのではないか。とにかくびっくりした。
小説も、戯曲も、もう一度読み返す必要がある、と思った。とにかく全作品読みたい。
そして、未読の小説、『メメント・モリ』を新宿の紀伊国屋書店で買った。
この作品を小説として読み始めた。しかし冒頭からして、まるでエッセイみたいだ。エッセイと小説はどう違うのか? エッセイだって「ありのまま」ではない。
あてもなく書かれ出した物語は、身近な人々、すれ違った人々の死の話へと続く。そして、薬物。アムステルダムで消息を絶ったSさんの話、五十を過ぎてからの一人暮らし、ヘルニア、あてどなく、どこにこの話が進んでいくのかわからない。過去に遡りながら、未来へと向かっていく。
刑務所での話、職質され逮捕された話は、読んでいる自分が心配になるほどにユーモアがところどころにある。自分も、他人も、みんなおかしい。
「目が縦になっている女」の話には、ぞくりとした。そして自殺未遂の話に至る文章は、本当に、素晴らしかった。
こうやってつらつら自分もあてもなく文を書いていて、いったいなにが伝わるのだろうかと不安になるくらいに、この小説が身に沁みている。
思い出した。かつて原田さんが『ダ・ヴィンチ』の表紙になられたとき、手にされていたのが色川武大の『狂人日記』だった。現実、フィクション、デフォルメ、夢、幻視。そうか、と思った。なにが「そうか」なのかもわからずに。
いいところ、好きな場面をあげたらキリがない。
僕が一番好きなところは、言いづらいけれど、主人公が自殺を試みるところだ。まるごと引用したくなるくらいだ。
そうだ。中盤に描かれている状況は大変なことなのに書き振りが読者にサービス満点なのだ。
この小説は、原田さんのこれまでの熟練のエッセイの技術と、小説としての読みどころが凝縮されている。
これを読んで、原田宗典のエッセイをおかしく読めなくなるだろうか? そんなことはない。どうしたって、エッセイは面白い。そしてそのエッセイは、真剣に、命を削って書かれていた。でも読者はその命懸けのおもてなしを、そんな裏の出来事など関係なく楽しむことができる。だってうまいんだもん。
小説のラストが好きだ。誠実で、臆病で、気にしいの、この主人公をまるごと、「好きです」と僕は言える。
小説を読むとき、人は「こいつなにやってんだ!」とはらはらする。たまに溢れるユーモアや笑いに思わずにやりとするけれど、どこかで「これを笑った自分は嫌なやつかも」と思う。自分に返ってくる。さまざまな気持ちに突き動かされながら読み終え、「でも主人公は憎めないな」と思う。まるで、自分のことを「ダメなやつだけど、憎めない」と思うように。
この本は、エッセイではない。ほんものの小説だと思う。
「苦笑いを浮かべて黙って」いることができず、たくさんの人に読んでもらいたいと思って、拙い感想を書きました。
原田さん、素晴らしい作品を描いてくださりありがとうございます。これからあなたの作品を、もう一度、全部読んでいきます。読んでいないものもすべて。