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Duangとdaaoのトムヤムクン/レシピ小説
この小説は、Duang-Daaoというタイ料理屋さんが2016年に作った本「ドゥアン・ダーオのトムヤムクン」のために書いたものです。
文章や漫画、小説などでトムヤムクンの魅力を伝える本なのですが、私はレシピ小説を担当しました。
小説自体がレシピになっていて、読めばトムヤムクンが作れるというわけです。
ドゥアン・ダーオとは、タイ語で「星」を意味する名前だそうです。
タイには私が主宰する劇団「FAIFAI」のツアーで何度か滞在した経験があり、その記憶を元に書いています。
それでは、トムヤムクンのレシピ小説をどうぞ。
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ドゥアンとダーオは仲の良い兄弟でした。
やさしい兄のドゥアン。
美しい妹のダーオ。
今日はダーオの誕生日。
花が飾られた食卓で、母の作るおいしいトムヤムクンを待っていました。
「さあ、ドゥアンにダーオ、召し上がれ。」
目の前に、光り輝くトムヤムクンが置かれました。
2人は食べるのも忘れて、トムヤムクンに見惚れました。
きらきらとしたスープを見つめていると、
ドゥアンとダーオはトムヤムクンに吸い込まれてしまいました。
ここはどこだろう。
ドゥアンとダーオは離れ離れになっていました。
気づくと、ダーオは2片のニンニクを握っていました。
ニンニクはダーオに教えました、わたしを細かく切り刻み炒めよと。
ダーオが目をこするとそこは、見知らぬ厨房でした。
頭に猫を乗せたおじさんが、居眠りしています。
レストランにお客さんは誰もいませんでした。
ダーオは、みじん切りにしたニンニクとチリインオイルを、弱火でじっくり香りが出るまで炒めはじめました。
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その頃、ドゥアンはチャオプラヤー川のほとりに立っていました。川の水は全て鶏がらスープでした。
スープは唄います。
ドゥアンはいつのまにか鶏がらスープの哀しみの唄に心を支配されていました。
「もう2度とダーオには会えないんだ、かなしい、僕は鶏がらだ。」
チャオプラヤー川に流れる鶏がらスープが大氾濫をはじめ、ドゥアンは飲み込まれてしまいました。
目を開けると、ツンと生姜のかおりがしました。
ドゥアンは、カーに助けられたのでした。
カーは、コブミカンとレモングラス、唐辛子、トマトにマッシュルーム、玉ねぎを探してダーオの元へ行こう。
そうすれば元の場所へ帰れるだろう、と言いました。
カーと話していると、不思議と力がみなぎってくるのでした。
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ダーオは夢中でニンニクを炒め続けていました。
炒めても炒めても、炒めあがったところで黒ずくめの男たちが鍋を持っていってしまうのでした。
鍋は様々な料理に変化して、厨房はまるで宮廷のパーティーのように煌びやかになっていきます。
ダーオは思いました。
「きっとタイミングがあるんだわ。人生にはよいときもわるいときもある。私はドゥアンの妹よ。必ず呼吸をあわせてみせる。根気よく、じっとその時を待つのよ。」
ドゥアンはタクシーにしがみついて、繁華街へやってきました。
強いハーブの香りに、カーが指をさしました。
コブミカンとレモングラスは、サイアムセンターに現れし巨大なモスキートと戦っていました。
モスキートはセンター内の人間の血を吸い尽くして、丸々と太っています。
増え続けるコブミカンとレモングラス。
寡黙に戦うハーブの姿がありました。
サイアムセンターはコブミカンとレモングラスのジャングルとなって、モスキートは死にました。
ドゥアンとカーは、コブミカンの葉5枚と、レモングラス2本を持ち帰りました。
その日は疲れて、駅で眠りました。
朝起きると通勤電車は動き出し、街は働く人々で溢れかえっていました。
ミニトマト、玉ねぎ、マッシュルームはスーパーで買いました。
いつもダーオと買い出しに行くなじみのスーパーです。
カラフルなパッケージがずらりと並びます。
「まるで全てが元どおりみたいだ。ダーオがいない事をのぞけば。」
カーは、いつのまにか生姜の姿に戻っていました。
「唐辛子は、いつもポケットに入っているんだ。」
ドゥアンはポケットから唐辛子を一掴みしました。
唐辛子は言いました。
「お好みで。」
材料は揃いました。
ダーオはどこにいるのでしょう。
その時ドゥアンの脳裏に、映像が届きました。
見知らぬレストランで黒ずくめの男たちに囲まれながら、必死に料理をするダーオの姿でした。
ダーオは兄の名を呼び続けていました。
炒めものをし続けたダーオは、ついに料理のタイミングを理解したのでした。
黒ずくめの男は言います。
「次で100回目だ。もう後はないぞ。」
約束の時まであとわずか。
「ドゥアン!ダーオはここよ!」
ドゥアンは間に合うのでしょうか。
「ダーオ!」
ドゥアンはスーパーを出て細い路地を通りぬけ、雑踏の中を走っていました。
ドゥアンは無意識に最高層ビル、マハナコンを目指していました。
「ダーオ!ダーオ!どこにいるんだ?僕はダーオを助けたい、そのためなら何だってする、ダーオ、ダーオ!かわいそうな妹の呼ぶ声がする。僕の名前を呼ぶ声だ。あそこだ、マハナコンだ。僕を呼んでる。僕はマハナコンから、ダーオの鍋に飛び移る!」
ドゥアンはマハナコンの最上階へとたどり着きました。
びゅうびゅうと風の吹くビルの屋上で、ドゥアンは注意深く材料を確認しました。
呪文のように唱えるドゥアン。
その手は震えていました。
「鶏がらスープ、カー、コブミカンを二つにちぎったもの、薄くスライスしたレモングラス、みじん切りの唐辛子、半割のマッシュルーム、薄切りの玉ねぎに、半割のミニトマトを4個。
約束の時まであと10秒。僕は、ダーオの鍋に飛び移る。」
それらの食材を手に、ドゥアンはマハナコンから飛び降りたのでした。
ダーオの鍋は合格でした。
ベストのタイミングで天からスープが流し込まれ、具とハーブがぐつぐつと沸騰していきます。
「きっとドゥアンが集めてくれたんだわ。」
黒ずくめの男たちは天使に変わっていました。
天使たちは口々に言います。
「沸騰したらエビを入れなきゃ。」
「この立派なエビを使ってよ。」
「中火にして3分よ。」
「ナンプラー、塩、レモン汁で味を調え、火を止めて。」
「生クリームとパクチーを添えて、出来上がり。」
それは、天国のスープとしか言いようのない、素晴らしい味でした。
天使たちもダーオも、このスープの虜になっていました。
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いつのまにかレストランはオープンしていました。
アユタヤ王朝時代の住人たちがひっきりなしにやって来ては、料理を褒めました。
中でもダーオのトムヤムクンは評判となりました。
ダーオは厨房を仕切って、忙しく働きます。
天使たちは今やダーオのアシスタントです。
「エビは塩を軽く振って洗い流しておいて。ちょっとあんた!火が通る前にいじると生臭さがでるわよ!」
「ニンニクとチリンオイルはじっくり炒めて!」
「スープはなるべく濃いものを使うのよ。ハーブは多くしてもいいわ。」
ダーオ!ダーオ!アユタヤの人々はダーオを持て囃しました。
「王様のお気に入り、ダーオのトムヤムクン。その名を知らないものはない。ダーオのおいしいトムヤムクン。すべてを忘れさせる味。天使のスープ。ひとくち食べれば涙がでるよ。タイの星、ダーオのトムヤムクン!」
ダーオは夢中でトムヤムクンを作りつづけ、気がつくと白髪のおばあさんになっていました。
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ダーオは人生最後のトムヤムクンをつくりおえたところでした。
チャオプラヤー川を見ながら1人、その味を確かめました。
「これこれ、この味。これがダーオのトムヤムクンよ。」
空には一番星が輝いています。
ダーオは星に話しかけました。
「近頃もの忘れが激しくなってきたわ。でもこれだけは覚えてる。私の名前はダーオ。王様に愛された料理人。」
一番星はきらきらと輝くだけでした。
「誕生日は、、」
「ああ、丁度今日だわ。」
「誕生日にはいつも、トムヤムクンを食べたものよ。」
ダーオは満足して、シン・ハービールを飲み干します。
「ねえ、ドゥアン。」
ドゥアン?
その時、チャオプラヤー川で見た事もない大きなエビが飛び跳ねました。
川面に反射した星々の光、エビの尾っぽは美しく反り上がりしぶきをあげ、街中にこはく色のスコールが降り注ぎました。
ダーオはドゥアンの事を思い出しました。
「いつもわたしを助けてくれた、兄さん、ドゥアン!わたしは忘れてしまっていた、わたしを見守る星の名前、ドゥアン。このスープは、ドゥアン・ダーオのトムヤムクンよ。」
わたしは王様に愛された料理人。
ドゥアンにこの星で一番のトムヤムクンを届けなければ。
ダーオはすべてのはじまりへと走りだします。
ダーオの心は輪廻して花咲き、加速します。
人生にはよいときもわるいときもあって、
遠回りをしても、わたしはわたしの紛れもない星に向かって走る。そうすればダーオは、必ずドゥアンにたどり着ける気がしました。
ダーオの白い髪は赤々とそまり、
不思議と体は軽くなっていきました。
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