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発達障害者雇用③就労までの道のり
前回はB型作業所で無双していたという話をしました。
今回はその続きです。
自分の特性を見ながら就職活動を……と思っていたら予想もしない方向へ転がってしまいました。
最初の就職活動はコロナ禍で挫折
作業所の仕事を順調にこなしていた私に、スタッフさんたちは就労を勧めました。
障害者のケアをするスタッフさんは、健康を取り戻した利用者が社会復帰することに生き甲斐を感じるようです。
確かに私も、他の利用者よりも多めに工賃をいただいていたとは言え、やはり工賃と年金だけでは生活に心もとなさを感じていました。
それに、(自分比)楽な仕事で褒められるのは嬉しくもありましたが、少し虚しさも芽生えてきました。
誰にでもできる(主観)ことで褒められてもしかたない、と。
長年お話を聞いていただいているカウンセラーの先生と相談して、精神科の主治医の先生にも許可を得て、19年の末くらいに就職活動を始めることに決めました。
かつて自分の障害に気づかずさんざん失敗を重ねたため、クローズド(障害があることを隠して働く)という選択肢はありませんでした。
20年に年が改まってからハローワークの端末で検索し、
「やっぱり事務でも補助程度の仕事しかない……特例子会社(大企業の、障害者を専門に雇う子会社)は身体の人が有利……あとは清掃、ADHD(片づけられない人)と掃除は相性悪すぎでは……?」
なんて言いながら、気になった求人をプリントアウトして検討したり、履歴書の書き方を思い出すためにスタッフさんの指導を受けたりしていました。
細々した準備をして、本格的に求職する前に、新型コロナウイルスの流行が始まりました。
数人で出かけたり、誰かと会うことすらはばかられる中、「今はその時ではない、世の中が落ち着いたら改めて考えよう」という結論になりました。
その後1年ほど世の中の流れを見ながら作業していましたが、『収束するのを待っていたらこの先何もできない』となって、21年に再び就職活動を開始しました。
2度目の就職活動、あっさり決まる
履歴書と職務経歴書の書き方を思い出し、再びハローワークへ通おうとした矢先、懇意にしてくださっていたスタッフさんから声をかけられました。
曰く、「仕事でつき合いのある会社に障害者雇用の話をしたら興味を持ってもらえた」と。
IT企業と聞かされたので、コロナ禍前に取ったITパスポートの合格証明書のコピーも持って、久しぶりにリクルートスーツを着て面接に向かいました。
もともと人手不足で、アシスタント的な人材を求めていたとのことで、びっくりするほどスムーズに就職が決まりました。
紹介ということもあって、あからさまに無能というわけではなさそうだったからとりあえず雇った、くらいの感じだったと思います。
次回は
無事就職できた私が『誰にでもできる』と思って『誰にでもはできない』仕事をして自己肯定感を更に爆上げしている様子をお伝えします。
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