殊能将之オタクが語るFGO
殊能将之センセー(1964-2013)のオタクとFGOファンの皆さん向けに、それぞれを布教したくて書いた日記です。
FGOにおけるトリスタンの立ち位置
私が今メインでプレイしている『Fate/Grand Order(FGO)』はゲーム・小説・アニメなどさまざまなメディアミックスを繰り広げている『Fateシリーズ』の一作です。
シリーズの原点である『Fate/stay night』のメインキャラクターの一人に、イギリスの伝説的人物・アーサー王を女体化したアルトリア・ペンドラゴンがいます。
深掘りするとキリがないので、差し当たってそういうものだと思ってください。
アーサー王伝説と言えば円卓、というわけで、FGOにもガウェイン、ランスロット、トリスタンといった円卓の騎士が何人も登場します。
トリスタンは、もともとは『トリスタンとイゾルデ』という古い物語から輸入されたと見られていて、イゾルデという名前を持つ2人の女性との悲恋が有名です。
FGOでのトリスタンは、第1部第6章で冷酷かつ強力な敵として登場します。
物語上で集まったヘイトをコントロールするせいか、以降のイベントでは円卓のボケ担当となり、愉快なポジションを取っています。
また第2部第6章では、味方として心強い活躍をしてくれました。
私自身、キャラクターのトリスタンについては『好きか嫌いかといえばまぁ好きな方』という程度なのですが、殊能将之センセーファンとしては強い思い入れもあります。
トリスタンと殊能センセーに何の関係が? と思う方はぜひ下の文章を読んでみてください。
『惑う鳴鳳荘の考察』
FGOで、2019年5月に『惑う鳴鳳荘の考察』というイベントが開催されました。
『ルヴォワールシリーズ』『キングレオシリーズ』で知られる円居挽先生がシナリオライターとして執筆した、ミステリ仕立てのストーリーです。
Fateシリーズには膨大な量の独自設定と専門用語があるのですが、なるべく専門用語を排して説明すると、
主人公は『サーヴァント(歴史上の人物などをキャラクター化した使い魔的存在)』の助けを借りて世界を救う旅をしている(以下に出てくる歴史上の人物はすべてサーヴァント)。
『映画を一本作らないといけない空間』が発生した。
紫式部が脚本を書くことになったが、構想を紙に出力する前に不慮の事故で意識を失ってしまう。
残された主人公たちは、事前に与えられていた最低限の設定をもとに推理を繰り広げ、一本の映画を完成させる。
という筋立て。
キャラクターたちがおのおの考えた推理を開陳する場面は中井英夫『虚無への供物』を彷彿とさせますし、『途絶したシナリオの続きを考える』のは米澤穂信先生の古典部(氷菓)シリーズ『愚者のエンドロール』へのオマージュを感じさせます。
FGOは過去イベントの復刻に対して渋いので、新規ユーザーがイベントストーリーを読めるチャンスはほぼありませんが、円居先生が小説として書いた原案は単行本化されています。
キャラクターの動向
このストーリーは、因縁のあるキャラクターを組み合わせた『ニコイチ』をテーマのひとつとして扱っています。
シャーロック・ホームズとジェームズ・モリアーティ(創作物をもとにしたキャラも何人かいます)、紫式部と清少納言ポジションのキャラ(本物の清少納言は20年に実装)、坂本龍馬と岡田以蔵(作中では幼馴染みという設定)など、史実やFateシリーズのストーリー上で絡みのあるキャラクターたちが、現実と作中作の映画の間で物語を彩ります。
公式『ニコイチ』のキャラクターを引いた後で残るのが、トリスタンとアントニオ・サリエリ。
(FGOのサリエリは『モーツァルトを暗殺したという風聞』に人格を乗っ取られたキャラクター設定になっています)
円卓の騎士と近代の音楽家には、何の共通点もないように見えます。
しかし、ここからが殊能オタクにとっての『ニコイチ』ポイント。
『石動戯作シリーズ』とのリンク
作中作で、トリスタンは『イシドロ・ポリオリ』、サリエリは『アントニオ・ロベルト・ジョビン』という役名を名乗ります。
これだけで、殊能オタクは「ニコイチやん!」と脳汁が出ます。
2013年に亡くなった殊能センセーの代表(というかただひとつの)シリーズの主人公にして自称名探偵、実際はポンコツ探偵である石動戯作のネーミングは、ホルヘ・ルイス・ボルヘスとアドルフォ・ビオイ・カサーレスの共著『ドン・イシドロ・パロディ六つの難事件』の主人公、イシドロ・パロディから取られています。
また石動の助手・アントニオは中国人で、本名を『徐彬』と言いますが、日本語の音読みで『ジョビン』と読めることから、石動はボサノバ作曲家アントニオ・カルロス・ジョビンとかけて強引に『アントニオ』と呼んでいます。
イシドロとアントニオの出番
作中作にてイシドロは探偵役を振られていましたが、脚本がないことと映画撮影中に演者のトリスタンの機転が利かなかったことでポンコツ探偵と化します。
しかし推理合戦の際にトリスタンが思いついた『新本格ならギリギリあり』なトリックのおかげで、なんとか面目を取り戻しました。
トリスタンの考えたエンディングが描かれる際に、イシドロと終幕を担当するのがアントニオでした。
石動シリーズを知っていれば「ありがとうございます!」となるし、知らないプレイヤーも「まぁトリスタンだしな……」と納得できる作りになっています。
まさに最高のリスペクトで、毎日のストーリー更新中は毎日「次はどんなオマージュが来るんだろう!?」と興奮していました。
予期せぬ偶然、ポール・アルテ来日
なお、このイベント開催中に、信じられないほどタイミングのいいリアルイベントが起こっていました。
フランスのミステリ作家、ポール・アルテが来日し、講演を行っていたのです。
アルテは『フランスのジョン・ディクスン・カー』とも呼ばれていて、イギリスを舞台にした話をフランス語で書くという、日本で言うなら田中芳樹先生のようなことをしています。
殊能センセーはフランス語を学び、アルテの著作を原書で読んで、自身のホームページの日記(ブログ以前の、自分でHTMLを書いて更新するもの)に感想をアップしていました。
アルテの愛読者だった殊能センセーをリスペクトするイベントの最中に、そのアルテがはるばるフランスから来日していたという、誰にもタイミングの測れない奇跡に、殊能ファンのFGOプレイヤーは大歓喜していたはずです。
少なくとも私は大歓喜していました。
オススメ殊能作品
私のオススメの殊能作品は『黒い仏』なのですが、(正しくない意味で)『奇書』、または『バカミス(本来は「常識的に考えたらバカみたいな経緯だが、ミステリとしてはちゃんと筋が通っている作品」への褒め言葉)』と言われる類の作品なので、まずは衝撃のデビュー作『ハサミ男』か、石動シリーズ第一作の『美濃牛』を読んでみて合うか合わないかを判断してみてください。
私は大好きなんですよ『黒い仏』……クロフツの『樽』をリスペクトした時間トリックに見せて……あとFGOプレイヤーが読んだらニコニコできる要素もあります……。
殊能センセーの本は翻訳・日記を合わせても10作程度なので、その気になれば割とすぐに読破できます。
言ってて悲しくなりましたが、未読の人の新鮮な悲鳴を聞きたいのでぜひお手に取ってください!