指示待ち人間の是非
オレは幼い頃「マシュマロテスト」なるものを受けていた。
他の子どもたちが我慢しきれずにマシュマロに手を出してしまうのを横目に、オレはじっと我慢し続けた。
「目の前にあるマシュマロを食べずに我慢できれば、後でもっとたくさんのマシュマロがもらえる」ということを聞かされていたのだが、実はオレは別にマシュマロなどまるで欲しくはなかった。
それよりもそこの女性指導教官「ケリー先生」に恋をしていたのだった。
彼女は美しく知的で、最高の女性だ。
当時、彼女よりも若かったであろううちのおかんのおっぱいをしゃぶっているようなオレだったが、そんなオレが彼女にはメロメロだった。
何とかして彼女に気に入られ、そして彼女が担当している特別クラス「自分を映える教室」に編入されることを目指していた。
誰よりも我慢できるというところを見せつけて、誉めてほしかった。
かなり、ませガキだった。
もともと甘いものがそんなに好きではないオレにとったら「マシュマロテスト」は簡単なハードルだったのだが、それでは「ケリー先生」の気を引けないと、「懸命に我慢している」という演技をしていた。
そしてオレのライバルは二人の「トム」。
ハンコ屋のセガレの「トム・ハンコス」と、家にクルーザーを持っているという金持ちの「トム・クルーザー」。
「トム・ハンコス」はいつまででも歩き続けられるという我慢強さの主で、「無人島漂流実験」にも、無口な「ウィルソン」と共に参加していたらしい。
こいつはマシュマロが大好きなくせに計算高くて、我慢強い。最強のライバルだ。
いつも「地獄から世界を救う」とかほざいている。
金持ちの「トム・クルーザー」は成績優秀で、常にトップをガンガン突っ走っていた。
その上イケメンで口達者、変わり身が早くて女癖も悪いというとんでもなく嫌な奴だった。
だが女の好みがオレとは違ったので親友だった。
「アンジェラ」や「キャロル」という名の女の子らもいたがオレはあんな「バブー」達に興味は無い。
とにかくなんとかして「ケリー先生」のハートを射止めようと必死だった。
出される問題に対して、どうしたら彼女が喜んでくれるのかという視点だけで闇雲に頑張っていた。
その甲斐あってオレは見事に「マシュマロテスト」で最高の得点を叩き出し、奇跡の教室といわれる彼女の特別クラス「自分を映える教室」に編入された。
そして様々なテストと実験、経過観察等を受け、その後何年にも渡り追跡調査なるものを受け続ける事になった。
ある時、こっそりと見たオレの評価欄には「将来素晴らしい大人になることが期待される」と書いてあった。
そしてそれから何年も後、大人になったオレは「ケリー先生」に紹介されて就職した会社で「勤勉で正確、ミスがない」と高く評価される事となった。
経営陣には
「君のような社員ばかりなら言うこと無いのだがなぁ」
と言われ、直属の上司は他の社員の事をいつもオレに愚痴っていた。
これも「ケリー先生」に忠実に従って、学んできたお陰だ。
その頃の「ケリー先生」は益々美しく、色気を増し、もうオレは彼女と結婚するしかないと思っていたが、そんなオレの思いに反して彼女の態度は、日に日にそっけなく、冷たくなってきているのを感じていた。
追跡調査の為にオレに会いに来ることもほとんどなくなってきた。
いったいなぜだ。
オレは彼女の指示通りの試験をこなし続け、優秀な成績をあげてきているというのに。
「彼みたいな社員ばかりだったら本当に良いのになぁって、あなたずっと言っていたわよね」
「いやほんと、作業は正確でミスも無い。そして我慢強いから従順で言いなり。少々無理させても文句も言わない。」
「えぇ、でも最近ではAIがあるからいくらでも代わりはいるわ」
「うちの現場仕事も人間が余ってきているから、彼にはそろそろあっちへ行ってもらおうか」
「あっち? ・・・戦地に飛ばすの?」
「最前線での敵との駆け引きや、交渉事など複雑な任務はAIではまだ頼りないからな」
「あのマシュマロテストの我慢強さが必要になるのね。きっと役に立ってくれるはずよ」
※この物語はフィクションです。登場する人物、団体名は全て架空のものです。