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アカデミー短編映画賞候補作『アヌジャ』(2024)のインド寓話を探るうちに納得した話

個人的に短編映画づいている*昨今、ネトフリに2024年オスカー候補作が公開されていると知って見てみたんですが。

『アヌジャ』(2024)、デリーに住む幼い姉妹が主人公。生きていたころの母に聞かされた昔話を姉が妹に伝えるシーンで物語の幕は開きます。

マングースがヘビを退治するその寓話。成立が西暦200年ごろとされているサンスクリット説話集の第5巻に収録されているそうで、世界に伝播するなかで類型が生じ
・マングースはイヌやイタチ、ネコ、クマ、ライオンなどに
・ヘビはオオカミになりがち
なるほど。
インドから西へ向かってギリシアやゲール語圏、さらに海を渡って云々、とウィキペディアを読んでも日本においては。って節が見当たらず、だって中国には来て東南アジアにも広まったのならウチらのところにも来るでしょう? いくらSNSなかった時代でも。
解せぬ。と顔が険しくなりかかったところで民話のモチーフを分類する「アールネ・トンプソンのタイプ・インデックス」なる概念に行きつきました。この話はその178Aだ、と。(つまりたとえば下記ウェールズ民話と同カテゴリー)

さらに検索していくうち、作新大学名誉教授西村正身の論文「『シンドバード物語』所収話の泉源」(2013年3月、作大論集)に以下の記述があると知ります。

本質的に同じ特徴を持つ物語は『パンチャタントラ』小本5・2「マングースを殺した女」(900-1100年)、広本5・1「婆羅門女と忠義な猫鼬の話」(プールナバドラ、1199年)、『ヒトーパデーシャ』4・7(900-950年)、ソーマデーヴァ『カター・サリット・サーガラ』第64章(11世紀)にも含まれているが、今指摘すべきは、それよりも古い類話である。年代がほぼ確認できる最古の類話は、現存する諸版のうち『パンチャタントラ』の祖本にもっとも近いと考えられている『タントラ・アーキヤーイカ』(300年頃)5で語られる次のような物語である。

太字は引用者

筆者の先生の関心は「シンドバード物語」の元ネタ探しにあるので、上記引用のように固有名詞がバンバン出てきて、うむ、何も分からぬ。逆にそれが良い。って錯乱してくるわけ。

この物語は『経律異相』(516年)28・9「瓶沙王有四種畏」(大正蔵53、153c)にも採られている。南方熊楠も『十二支考』「犬に関する伝説」1の末尾で紹介している(中略)本話「猟犬canis」は東洋系「シンドバード物語」と西洋系「七賢人物語」に共通して含まれる4つの所収話のうちのひとつである。

ここまで来てようやく知ってる固有名詞、南方熊楠が出てホッとする私。
「十二支考」なら青空文庫にあるだろ、と探して、え、載ってなくない、となり(=まさにこの寓話の登場人物のような速断であることがいま判明しました。載ってた。当該箇所は下で引用)東洋文庫版「十二支考」は持ってるけど引っ越してからあの函入り本ほかの数冊ともども一度も見かけてない(どこ行ったんや)、岩波文庫版はたぶんあそこにある。ただしおおまかなアテはあれど発掘の手間がかかりすぎるのでいますぐ参照するのは無理。

不機嫌になったその瞬間、あ、これの日本版、絶対いまのみんなたちも知ってるあの物語じゃん。と閃いてものすごくスッキリしたのです。(てな顛末を書いた作品レビューは下記。ネタバレにはなってないはず)

そしてこの閃き前に見つけられなかったという意味で貢献度高い熊楠テキストがこちら。

『摩訶僧祇律』三にいわく、過去世に婆羅門あり銭財なき故、乞食して渡世す。
その妻、子を産まず、家に那倶羅虫ありて一子を生む。婆羅門これを自分の子のごとく愛し那倶羅の子もまた父のごとく彼を慕う。少時して妻一子を生む。夫いわく那倶羅虫が子を生んだはわが子生まるる前兆だったと。
一日夫乞食に出るとて妻に向い、汝外出するなら必ず子を伴れて出よ、長居せずと速やかに帰れと命じた。さて妻が子に食を与え隣家へ舂つきに往くとて、子を伴れ行くを忘れた。
子の口が酥酪で香うを嗅ぎ付けて、毒蛇来り殺しに掛かる。那倶羅の子我父母不在なるに蛇我弟を殺さんとするは忍ぶべからずと惟い、毒蛇を断って七つに分ち、その血を口に塗り門に立ちて父母に示し喜ばさんと待ちいた。
婆羅門帰ってその妻家外にあるを見、予て訓え置いたに何故子を伴れて出ぬぞと恚る。門に入らんとして那倶羅子の唇に血着いたのを見、さてはこの物我らの不在に我児をくらい殺したと合点し、やにわに杖で打ち殺し、門を入ればその児庭に坐し指を味おうて戯れおり、側に毒蛇七つに裂かれいる。
この那倶羅子我児を救いしを我善く観ずに殺したと悔恨無涯で地に倒れた。時に空中に天あり偈を説いていわく、〈宜しく審諦に観察すべし、卒なる威怒を行うなかれ、善友恩愛離れ、枉害信に傷苦〉と。
那倶羅(ナクラ)は先年ハブ蛇退治のため琉球へ輸入された英語でモングースてふイタチ様の獣で、蛇を見れば神速に働いて逃さずこれを殺す。

改行は引用者による

一連のネット探訪に需要があるとはまったく思えませんけど、せっかくうろうろしたのでインターネットのお散歩記録として残しておきますね。

*短編映画、べつに嫌いじゃないけど好んで見ないぶん、物珍しさがほとばしるnote

なおnoteにまとめるには腹を立てすぎた短編のレビュー、いや作品ではなくその紹介文にぶりぶり腹を立てたんですけど。

"Anuja" image from IMDb

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