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感性を育てるということ
娘と企画展に行ってきた。ありがたいことに、高校生以下は無料で見られる展覧会も多い。今のうちだとばかりに、小さい頃からよく連れ歩いている。
小さい頃は、音声ガイドを聴きたがることもあった。けれど、外からの情報を同時進行で入れることは、自分の感性を抑え込んでしまうかもしれないと考えて、与えずにきた。「ママのケチ」だのなんだの言われたものだけれど、そうじゃないんだ、娘よ。
今度は自分が大きくなって、よその小さい人が音声ガイドを聴きながらうろうろしている様を見た娘。
「音声ガイド無いほうが、自分の感覚で見れていいのにね。もったいない」
まさかの展開。あなたそんなこと思うようになったのね。まあまあ、すっかり大きくなって……ケチとか言っていたのにね。
そのスタイルが合う子もいれば、与えた方がいい場合もあるし、考え方次第で対応は変わるけれどね。
高校生になって、自分でいろいろ調べながら鑑賞ができるようになったけれど、自分で興味を持つ前に知識を入れられてしまうと、解釈が違ったときに自分の感性を信じられなくなると思う。なんて言っていて。伝わっていたのね。
自分の感性を信じるというのは、意外と難しい。もちろん客観的な判断をすることも大切ではあるけれど、それ以前に、自分の感性がはっきりとしていなければ、主観と客観の判断をすることがまず難しい。
だから、娘には自分の感性を大切にしてほしいと思っていて。その点は伝わったのかなと思っている。
何かというと、すぐに答えを欲しがったりするけれど、本当はそういうことではないとわかっているのかもしれない。だんだんと大人になる中で、いろいろと気づいていくことはあるけれど、なんだかこんなに真っ直ぐに伝わっていたことは、嬉しくはある。
感性は人の数だけある。だからこそ、自分の中に答えがあるというのは大切なこと。それを育むのは何か。本人に合った方法が見つかれば幸せなことだと思う。けれど、万人に当てはまる方法はないから、会話してすり合わせて、ということが必要になるのだろう。そこをサボらずにいれば、きっと伝わるものもあるのだと思う。
まるで伝わっていないと感じていたアレコレが10年越しで返ってくると、子育てはほんとうに「待つ」ことが必要だなあと、身に染みて感じる。いま伝えていることも、10年越しでやっとわかるのかもしれない。
主観の重要性に気付いた15歳が、25歳になったときにどんなふうに磨かれた感性で世界を見るのか。
母がきみに与えられるものは、なにかに触れる機会しかもうないのだよ。興味が向いたものは何でも触れてごらん。そこで感じだことが、きっと生きていく中のどこかで活きてくるから。
そしてまた別の展覧会へ。どんなものを見て、どんなものに惹かれて、それらにどんなことを感じるのか。まだまだ育つし、まだまだ磨き始めだからね。