聖アンデレ(2-A) イエスの終末思想
問題意識
イエスは、師である洗礼のヨハネがヘロデ王によって処刑された後、自らの布教をはじめました。
しかし、この「神の国」については、イエス本人の言葉として体系的に解説されたものは聖書には見当たりません。そこで、この「神の国が来臨する」という点を、イエス本人はどのように考えていたのでしょうか。
この点を検討するのは、実はむつかしいところです。後代の影響を出来るだけ見抜き、排除する必要があるからです。
たとえば、『ヨハネの黙示録』という、イエスの死後60年ほど経った90年代に作成された書物を例にとりましょう。この書物は、イエスの同時代に書かれた書物でもなく、ユダヤ戦争の影響を受けており、他の箇所でイエスが語った思想とは異なる方向性も散見されます。そのため、『ヨハネの黙示録』をもって歴史的イエスの思想と見なすことは避けるべきと考えられます。
実際、紀元前後から100年あたりの頃は、キリスト教の教義が形成されていく重要な時期でありますが、ユダヤ教などでも教義の文書化が同時期に進められていたので、それぞれの教団としての立場を踏まえ、各教団内の人間それぞれが、自己の立場や都合に応じて表現を追加し、創作をした可能性が否定できないのです。
こういった後代の動きに縛られず、イエス本人の考えた「神の国」に迫るためには、どうすればいいでしょうか?
ここでは、歴史の流れにそって、イエスのおかれた思想上の系譜を見ていきたいと思います。具体的には、(1)前史としてのユダヤ思想、(2)師である洗礼のヨハネの行動と言葉、(3)イエス自身の行動と言葉などを追ってみましょう。
旧約聖書における「神の概念」
後の議論のために、旧約聖書における神の概念について、確認しておきましょう。神については、大きく2つの概念があります。
1.神とは、ありてあるもの
2.神は、はじめと終わりを知るもの
ユダヤ教では、この2つの説明の違いは大きな問題とはなりません。しかし、ローマ帝国下において学問のベースとなっていたギリシア哲学においては、この2つは別物になります。
「ありてあるもの」は、常に存在し永遠に普遍なものであり、真正の神となります。他方、「始めと終わりを知るもの」というのは、生成されたものを司る神でもあるため、デミウルゴスという創造神に過ぎないことになります。この違いを重視するギリシア哲学の立場からは、聖書の記載への受け止め方は異なってくることに留意しましょう。
その上で、黙示録で登場するのは②の「始めと終わりを知る」神です。神は、天地万物を想像した存在であるため、万物を終わらせることも出来る存在、と考えられています。
神によって滅ぼされた事例
神が人類を滅ぼす能力をもっている旨、そしてその事例が記載された箇所は、旧約聖書には数多くあります。
例えば、「ノアの方舟」の挿話(創世記6:1~9:29)では、地球全体を水没させ、ノアに命じて遺したもの以外、地上の生物は(植物を除いて)すべて滅びています。ソドムとゴモラという町は、空から硫黄の火を降らせて「全住民、地の草木もろとも」滅ぼされています(創世記18:26~19:29)。
こういった破壊行為は、規模が小さく行われることもあります。
例えば、ユダヤ人をエジプトから脱出させる前には、川の水を血に変え、蛙(かえる)・蚋(ぶよ)・虻(あぶ)・蝗(いなご)・疫病・雹・大地震などの災いを起こした他、モーセたちの一行が逃げるときだけ「葦の海」を2つに分け、海底を通れるようにしています(出エジプト記7:14~14:30)。
ヨシュアがエリコの町に攻めこむ際、神の助けによって、エリコの町の堅牢な城壁は一気に崩れ落ちています(ヨシュア記6:1~21)。
また、特定の人物を試すためだけに、悪魔(サタン)に許可を与え、その家族を殺してみる、ということも行われています。
そして、神は、ユダヤ人以外(異教徒・異民族)に対する破壊者として描かれることがあります。モーセの律法に、その傾向が強く出ています。神は、世界中のすべてを自ら創造したはずであり万能のはずですが、一部のユダヤ人だけを優遇し、他を憎むという姿勢には驚きを禁じ得ません。
異民族でも許されるのは、処女の女性のみ。このような場面にみる神は、全世界の創造者ではなく、一部の民族のためだけの守護神でしかないように見えてしまいます。
神によって滅ぼされなかった事例(特に異教徒の救済事例)
しかし他方で、神は、滅ぼそうと思った都市を滅ぼさず、不遜な人間でも救うことがあります。
「ソドムのためのアブラハムのとりなし」では、アブラハムが神に対して直接、義人がいる限り町を滅ぼさないよう懇請し、神もこの要請を受け入れています(創世記18:22~33,19:29)。(結局はロトとその家族だけ逃がして町を滅ぼしますが・・・)
「バベルの塔」(創世記11:1~9)では、塔を壊すのではなく、人々の言語を分断し、建設作業を中断に追い込んだだけでした。
「ヨナ書」において、ヨナは、ニネヴェの都市を滅ぼす旨を告げに行く役目を放棄し、逃げ惑います。それでもヨナは預言者の地位を与えられたままです。さらに、ニネヴェの町自体も最後には救われています。
さて、ここには、ユダヤ教の神によるユダヤ教徒以外の者(ニネヴェの町)の救済が描かれていました。
非ユダヤ教徒に対する救済の可能性については、他にもあります。例えば、モーセの義理の父親であり、モーセに組織管理の初歩を教えたエテロは、ユダヤ教徒ではありません。また、バラムも神によって間違いを起こさないよう諭されています(民数記22:21~22:35)。
旧約聖書には、このように、異教徒であっても神の降臨を受けて救われた人々が描かれています。
預言者による終末期待 ~ イザヤ書の場合
こういった事例を踏まえて、預言者たちは、どのように終末をとらえたでしょうか。
いわゆる三大預言書(『イザヤ書』、『エレミヤ書』、『エゼキエル書』)のうち、新約聖書にも数多く引用されるイザヤ書を見てみましょう。
イザヤというのは、前8世紀に南王国ユダの首都エルサレムで活動した宮廷預言者のことです。彼の預言を記したとされる「イザヤ書」は、成立年代によって、第1イザヤ書(第1章~第39章)、第2イザヤ書(第40章~第55章)、第3イザヤ書(第56章~第66章)に分かれるとされています。とはいえ、イエスや聖アンデレの時代には一体と考えられていたと思われますので、ここでも、イザヤ書は一体のものとして受け止めることにしましょう。
(1) 神の概念
前述の通り、はじめと終わりを知るものとして描かれています。
(2) 人々の救済可能性
異邦人や宦官なども含めた幅広い救済可能性が明言されています。
マルコ福音書などでイザヤ書が引用されているのは、このような幅広い救済を唱えたために、ユダヤ人・異邦人などすべてに支持を得たからではないかと思われます。
「わが家はすべての民の祈の家ととなえられる」というのは、エルサレム神殿の中でイエスが言及した表現でした(マルコ福音書11:17など)。イエスや弟の義人ヤコブたちが目指したのは、正にこのイザヤ書の預言で示された世界、すなわち「ユダヤ教の普遍主義的拡大」(加藤隆)であったことでしょう。その「ユダヤ教」のとらえ方が兄弟で異なっていただけなのではないでしょうか。
救済に向けてできること ~ 洗礼のヨハネの場合
さて、では、われわれは「自分が救済される」ために、何をすればいいのでしょうか? なにかできることはあるのでしょうか?
この点に明快な答えを出したのが、洗礼のヨハネです。
もともと水によって罪を清めるという発想は、旧約聖書の中に既に示されていました。モーセの律法を記したレビ記に、重い皮膚病を患った人が清めを受けるために水で清める儀式が書かれています(レビ記14:1~32)。これを実践したのが預言者エリシヤです。
ナアマンというのは、スリヤ王の将軍で、神によって勝利を得た人物です。癩病を患っており、その治療としてヨルダンに身を浸すよう、エリシヤが助言したのです。そしてこのエピソードが、三大預言書のひとつ、エゼキエル書に反映されていきます。
清い水によって、人々は、ユダヤ人であろうがなかろうが、すべての汚れから清められる、真摯に水に浸かることですべての人は救済され得る。そう説かれるようになったのです。
この流れに洗礼のヨハネがいます。イエスや聖アンデレたちが洗礼のヨハネに弟子入りした理由がよく分かります。イエスは、ローマ兵士とユダヤ女性の混血です。聖アンデレは、ギリシア系です。二人とも生粋のユダヤ人ではありません。それにもかかわらず、エゼキエル書、イザヤ書等の教えに基づき、他のすべての人々とともに救済されることを、洗礼の儀式が、そしてそれを司る洗礼のヨハネが約束してくれたのです。
律法という「一定の要件」を満たせば救われるかもしれない(しかし、同時に、一定の要件を満たしたとしても救われないかもしれない)という支配的な考え方に対して、「すべての人は救済し得る」と説き、救われないかもしれないという「時代の不安」を解消する教えだったからこそ、洗礼のヨハネの下には多くの人が集まったのです。
ヨハネ教団の中でリーダーシップを発揮し、高弟となったイエスが、洗礼の教えを受け継いだことは、偶然ではありません。教義の核心だったのです。イエスが、ギリシア人女性の願いを受けてその娘から悪霊を追い出し(マタイ福音書7:25~30)、またギリシア人との面会を避ける必要を感じていなかったこと(ヨハネ福音書12:20~26)、そして、イエスの教えに最初に帰依した人々が貧困層や女性であったことは、イエスが「すべての人が救済され得る」と説いたことの傍証になるでしょう。
イエスのおかれた状況
イエス自身は、謹厳なユダヤ教徒の家に生まれ育った社会的マイノリティでした。社会的マイノリティというのは、社会の中で一定数がいるにもかかわらず、制度や文化によって「弱者」として位置づけられている人々のことです。宗教や人種、民族、経済環境、学歴など、理由はさまざまです。とても残念なことですが、人類の歴史上、どんな場所にも、どんな理由からでも社会的マイノリティは存在してきました。というのも、相手方であるべきマジョリティ(多数派)というのは、なにかに気づかずとも日々の暮らしを充分に送ることができる人々だからです。気づかないということは疑問を持たないということです。疑問がないということは答えもないということです。そのため、なにかに気づき改善を求められた場合でも、答えを見つけようと真摯に向き合うのではなく、敬遠や無視をもって対応しても何も困らない訳です。こういったマジョリティに対し、なにかを疑問に思い、改善を求めようとする人たち(マイノリティ)の出来ることは限られています。
イエスも、こういった目に見えないヴェールと苦闘を続けたでしょう。
先ずは、出身地。
次に、出生の経緯。当時の多数派の教えにおいて、不品行で産まれた人間は禁忌の対象であり、救われる可能性はほぼありません。
言う方は軽口のつもりで言ったとしても、言われる側の心には深い傷が残ります。心で思うことや憧れ、感情などは一緒のはずなのに、なぜ、自分がこんな言われ方をされなくてならないのだろうと深く、深く、深刻に悩み続けたことでしょう。両方とも、イエスが生まれる前に決まっていた話なので、どんなに努力しても変えていくことはできません。それなのに、それを理由にして救済を拒絶されるなら「一体自分は生まれてくる必要があったのか」「必要があったなら何故生まれたのか」真剣に悩み続けたことでしょう。
イエスが生きた「終末」前夜
イエスは、師である洗礼のヨハネをエリヤの再来として深く尊敬していました。洗礼のヨハネによって、自分の救済を確証でき、不安が解消されたからです。イエスの教義の中に、洗礼のヨハネの説く「洗礼」という教義の核心が受け継がれたことも、このことをよく示しています。
しかし、ヨハネは、当時の王権(ヘロデ王)から警戒され、逮捕されて、軍事要塞マカイルスに連行されて獄死します。この時、時の政治権力によって、当然に教団は運営停止・解散となり、教団財産の没収や敷地内への立入禁止などの処分が行われたはずです。イエスが出身地に近いガリラヤまで退去したのは、自発的な意志というよりも、退去させられたのでしょう。
イエスは、「ヨルダン川」という清めの聖地から切り離されはしましたが、洗礼のヨハネによってもたらされた「真の教え」(福音)を人々に伝える使命を改めて感じたことでしょう。ヨハネを預言者エリヤの再来と確信して、その教えを伝えるべく、イエス自身の伝道を開始します。
イエスが覚悟した「終末」
さて、そのようなイエスが覚悟した終末(神の来臨)とは、どのようなものだったのでしょう。「バプテスマのヨハネの時から今に至るまで、天国は激しく襲われている。そして激しく襲う者たちがそれを奪い取っている。」(マタイ福音書11:12)などのイエスの言葉から、どのようなイメージをもっていたか、探ることはできないでしょうか。
このためには、(1)イエスの言行を収めた共観福音書における「小黙示録」を見ることと、(2)そこに示された内容の旧約聖書上の出典を探ることが必要と思われます。
いわゆる小黙示録
「小黙示録」とは、共観福書で示された「終末と予兆」のことを指します。イエスが神殿の崩壊に関連して、終末について弟子たちに説明を行ったとされた内容です(マルコ福音書13:3~37、マタイ福音書24:3~25:13、ルカ福音書21:7~36)。もっとも古いマルコ福音書では、ペテロ、ヨハネ、大ヤコブ、そして聖アンデレの4人といるときに、彼らからの質問に答えて説明したとされています。当然、ここに書かれたことが歴史的なイエスの発言そのままなのかどうかは検証すべきですが、立場の違いがあるにも関わらず、どの共観福音書にも黙示録的な言葉が残されているということは、実際にイエスの発言があったことを示していると思われます。
(1) いつ終末が起こるか?
明確に断定を避けています。ヘロデ王によるヨハネの突然の逮捕・連行を予測できなかった(または予測出来ていても具体的には指摘できなかった)でしょうから、まして神の来臨を予測できるわけがない、ということかも知れません。
終末が起こる予兆についてすら、イエスは断定を避けます。想像を超えることが起きるため、想像しても意味がないからでしょう。イエスの神を敬う態度は徹底しています。
(2) 終末には何が起こるか?
(3) われわれはどのように生きていけばよいか?
具体的な例を挙げて、気を付けて生きていきなさい、というにとどまっています。ただし、この話している対象は自分の弟子たちです。そのため、イエスの教えに従い丁寧に生きていくことを大前提として、終末がいつ来てもよいように準備や心構えをすることの重要性を説いたものと受け止めるのが良いでしょう。
そして、人に出来ることを尽くしたならば、神を信じ、自らを託すのです。
人間は、自己の希望を言うことができても、神のみこころが優先するのです。そして、そのことで神や聖霊をののしったり冒涜したりすることは許されません。
三大預言書における「終末」
イエスたちも参考にしていたと思われる3大預言書(イザヤ書、エゼキエル書、ダニエル書)では、終末はどのように描かれているでしょうか。
(1) いつ終末が起こるか?
預言書によって、スタンスは異なります。
預言者イザヤの場合をみてみましょう。ウジヤ王(ユダ王国の第10代国王。52年間に亘って王位についた人物)が亡くなった年(紀元前742年頃)に、神々の軍勢がエルサレム神殿に集結する姿を見た(イザヤ書6:1~5)ために、神にイザヤ自身の罪を許され、召命されたとされています。先だっても終末が起きる寸前まで来ていた、神はいつでも来臨され得る、という主張につながった象徴的なエピソードと言えるでしょう。
同様に、エゼキエル書は、「終末が近い」と説きます。
ダニエル書は、より具体的です。ペルシャ王国が4分割され、互いに戦ったのちにエジプトと戦争になった後と記載しています。
(2) 終末の様子
神が現前し、積極的に粛清を図り、敵と戦う様子は、さまざまに描かれています。
レビヤタン(リバイアサン)などの怪物は、後代のさまざまな物語の着想の源になりました。
(3) 人々の救済または復活
こちらも様々に描かれています。ここでは、神の栄光が訪れ、神の力によって、枯れた骨が復活する様子(エゼキエル書)を見てみましょう。
ダニエル書には、光となるように描かれています。
イエスは終末が来た後に復活する人間は「天使」のようになると説いていますが、これらの預言書の記載を踏まえていることがよく分かります。
不信心者の扱い
ちなみに、終末の到来した状況において、イエスの教えに帰依していない人々は、どのようになるのでしょうか。
ヘレニスタイの流れをくむマルコ福音書にはこうあります。
他方、ヘブライオイの流れを汲むマタイ福音書等には、次の記載があります。
これらの発言を見る限り、救われないわけではないが、救済の恩恵にあずかろうとしないために、復活しても不遇なまま過ごすであろうと考えていたように見受けられます。神によって救われていることを認識しないままでいると、救済後ですら、いつまでも「救われていない」という誤解から、思い込みの牢獄に閉じ込められてしまう危険性がある(なので、救われていることに気づこう。今からでも遅くはない)という教説とは整合性があるものと思われます。
まとめ
イエスの思想的根源は至ってユダヤ的であること、イエスが神に対して敬虔・真摯に向き合っていること、異教徒を含めた救済を希求していること、その根拠は旧約聖書の預言書の中にあることなどが確認できました。
イエスの考える「終末」の詳細については明文が遺されてはいませんが、終末に何が起きるか等の具体的なイメージについてはユダヤ教の伝統的な説明に異論を唱えておらず踏襲していた可能性が高いと思われます。他方で、神が来臨した後については、イザヤ書などに基づいて、異邦人を含むすべての人々が復活し天使となるという救済イメージをイエスが抱いていたと考えられます。
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