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2024_0511_本読み

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冒頭の写真:
カタバミ。
葉っぱは3つに分かれ、花は5枚の花びらだなーとなんとなく眺めました。

普通の葉っぱは元があってぴらっと一枚になってますが、これはずいぶん違うなぁ。羽状複葉っていうのもずいぶん違う形だなぁ。普通の葉っぱに切れ込みが深く入っていったのが羽状複葉で、羽状複葉の枚数が少ないのが、こういうカタバミみたいな葉なのかな?

と頭の中でコーヒーカップがドーナツに変形する動画みたいに思いました。


5月11日(土)は以下を読みました。


『巨匠とマルガリータ』 
ブルガーコフ 著

集英社 世界の文学15 ロシア Ⅲ

ユダの死についての報告をしたアルタニアスに続いて、ピラトの前に連れてこられたのはマタイ。この本ではマタイがヨシュア(キリスト)の死体を持ち去ったことになってました(463ページ)。

このあたり、聖書にはどう書かれているのか気になって読んでみた、ということをきよもとさんがおっしゃって、ロシアの読者はそのあたりはとても良く知ってることなんだろうな、それに対して、山崎はとても曖昧にしか知らない、と思いました。

それで、山崎も、四福音書のイエスの死のところをざっと読んでみたところ、遺体を持ち去ったのは、ヨセフであってマタイではないようでした。
このあたり、正教会の聖書は、私たちが見ている聖書とは違うものなのかもしれない、とか、あるいはブルガーコフの創作なのか、と、気になりました。

(音読した人:山崎)





『科学と宗教と死』 加賀乙彦 著

集英社新書

阿弥陀ということばのもつ意味から語りはじめて、

こどものころの昆虫採集から、その種類の豊かさを感じたこと。
天文好きで星の数や宇宙の限りなさを感じたこと。
医学生となってからは解剖で人体の精妙さ、どこまで細かく見て行っても美しい仕組みを感じたこと。

と、どちらかというと科学の世界のことを挙げ、
最後にまた「阿弥陀」に戻って、

〈 有限な身体を持った私は、何か無限なものに支えられて、今、ここに居る。これが、私が「阿弥陀」という言葉に感じるものなのです。 〉

と書いていました。
実感しやすかったです。

(音読した人:こいでさん)





『犬が星見た』 武田百合子 著

岩波文庫

花模様のトイレットペーパーからはいい香りが、というようなところに、
しばらく後には日本もね、と思いました。

ふと、帰国後譚もあるのかな、あったら知りたいものだ、と思いました。

1969年の日本は、まだ今みたいな「清潔感」では途上だったように思うし。

(音読した人:きよもとさん)





『漱石・子規往復書簡集』 和田 茂樹 (編集) 

岩波文庫

この本からちょっと離れて、『新潮文学アルバム』や漱石の伝記コミックから、漱石がどうして松山の中学校に転職したか、の諸説を紹介してくださいました。明快に「これ」というのは無さそうだったのが意外でした。
そして『坊っちゃん』を斜め読みしたくなりました。

(音読した人:めいさん)





『芭蕉七部集』  中村俊定 校注

岩波文庫
『猿蓑』
☆                   
〈 立出る秋の夕やかざほろし  凡兆 〉

「風ほろし」は注に 〈 風疹。風邪熱のため皮膚に生ずる発疹。 〉とありました。この時代に今でいう「風疹」って認知されてたのかどうなのか。などと思って、ざっと検索。三日やみっていうのがあって、これは風疹の別名三日麻疹を思わせるのでその説もあるが、インフルエンザが正解では、という見解も見つけたりしました。

(音読した人:山崎)

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