【短編小説】トロイメライに罪はない
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11月の最後の金曜日。週末のBARはいつも活気に溢れかえる。
「お待たせしました。ナポリタンとエスカルゴです!」
「ありがとう」
「水割り用の氷をお持ちしました!」
「俺はバドワイザーのおかわりをよろしく」
「はい!ハイネケンもありますよ!」
「トイレはどこ?」
「突き当たりの右です!」
「璃世ちゃん、またピアノ弾いてよ」
「音大の子が来てくれたからリクエストはそっちへどうぞ!」
このビストロ・ド・ナイトの配膳担当兼雑用係のアルバイト兼看板娘の私もこんな感じで超忙しい。
夜も更けてオーダーが一段落した頃、空いたグラスを下げてきた私へ、
「璃世ちゃんさ。クリスマスイブに出てきてもらうのは無理だよね…」
申し訳なさそうに店長の笠井さんが聞いてきたので、
「無理です」
間髪入れずに即答した。そんなの無理に決まってる。
「だよね…」
「です」
「それじゃあ…臨時のアルバイトをってオーナーにお願いするか」
「そうしてください。ごめんなさい」
年に一度しかないクリスマスと私のバースデーがある12月は超忙しいのだ。すでにとっくに予定を組んである。
9時になった。ピアノの蓋を閉め、薄いピンク色のフェミニンなワンピースを着た音大の女の子が立ち上がった。
「お疲れさまでした」
澄ました顔で私たちスタッフに挨拶し、帰っていく。その背中へお客さんたちのまばらな拍手が起こる。
以前にいた女の子はクラシックもジャズも弾いたのに新しく来た子はクラシックしか弾かない。選曲はピアノを弾く女の子任せであって、お店の方から注文したりしないので、クラシックばっかり弾こうがその子の自由だ。それに私はただのアルバイト(音大の子もアルバイトだけど)だから「センスがちょっとね」などと思うところがあっても口に出したりしない。
…でも、BARのお客さんにトロイメライを聴かせるのはどうかと思うよ。ロベルト・シューマンに罪は無いけれど、シーンとしちゃったし。BGMにTPOは大切じゃないかな。トロイメライなら私だって弾けるけど、このお店で弾こうとは思わないよ。
「…うちの店ってさ」
「はい?ごめんなさい。何ですか」
笠井さんから話しかられていたのに気づかなかった。
「いや。うちの店って若いお客さん少ないよね」
「ああ。言われてみるとそうですね」
「若い人に来てもらうにはどうしたらいいかな。璃世ちゃんの世代ぐらいの人たちにさ」
「うーん」
「俺も店を任されているからには…ね」
BARの経営戦略なんてわからないけれど。しばらく考えてから「今のままでいいんじゃないですか」と答えた。
「泥酔して大騒ぎしたりほかのお客さんに迷惑をかけたりする人、見ませんよね。このお店」
「うん。まあね。常連さんが多いからね」
「私はこの店のそんなところ好きですよ。ほどよく飲んでおいしい料理を食べて、楽しいひと時を過ごせる場所。大人の空間みたいな」
若いお客さんが多くなったら今のこのBARの雰囲気はきっと変わってしまう。
「あっ。そうだ店長。さっきの件なんですけど、私、大晦日は出勤できますよ」
「おう。それは嬉しいね」
「デートはいいの?」
厨房担当の山村さんが口を挟んできた。
「お店が終わってから友だちとみんなで年越しでオールの予定です。デートじゃないですよ」
「へえ。若いなあ」
「ええ。若いんで」
「まだ注文いいですか」
雑談しているとお客さんから呼ばれた。気分を切り替えて、さあ、ラストオーダーまで仕事だぁ!
Robert Schumann Träumerei
(トロイメライ)
(続くかもしれない)
♦︎実体験に基づく小説です。
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