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何処とも知れぬ場所に在る"キャバレー・ヘル・パラダイス" 広いホールには大きな丸テーブルが並び、高い天井からはきらびやかな巨大なシャンデリアが下がっている。 そこに寛ぐタキシードやイブニングドレスに身を包んだ紳士と淑女。 流麗なストリングスを奏でるオーケストラをバックに妖艶な歌姫が気だるげに歌うジャズナンバーの数々。 ハスキーな声が歌うのは誰も聴いたことのないナンバーだった。
Ⅰ 電話が切れたあとは、せっかくのひとりきりの時間を楽しむ気が失せてしまった。会計を済ませ、バーを出る。 結局、友人には電話できなかった。時間が遅くなってしまったせいもある。何を話そうかと余計なことを考えてしまい、気後れしてしまったのもある。 大通りまで戻り、タクシーを捕まえて自宅のあるマンションに帰ってきた。 麻里恵には部屋の鍵を渡してあった。そのマリエは電話で言っていたとおり、わたしを待っていた。ベッドの上に横たわり、一糸纏わぬ熱い体と燃える心を抱えて…。
「…いい?」 美紅の濡れた唇がささやいた。甘い声だ。甘くて柔らかい。まるで、霧雨が舞い降りた誰もいない夜の道路のように、しっとり湿っている。 仰向けに横たわり、彼は天井を見上げていた。シンプルすぎるLED照明は一人住まいの若い女性の部屋にしては味気ない。カーテンと布団カバーは薄いピンク色。カバーは可愛らしいチェック柄。二人が抱き合っているベッドは、二人で抱き合ってセックスするには少々狭い。 「ねえ…いい…?」 「ああ…」 いちいち聞かなくても、と思いつつ、彼は低
目が覚めると知らない部屋にいた。広いベッドの上にいる。どうやらラブホテルのようだ。昨日の酒が残っているらしい。まだ頭がフラフラした。 横を見ると女がいた。むこうを向いて眠っている。誰だ。誰なんだ。 …ああ、頭がいてえ。 昨夜はハロウィーンだった。俺はドラキュラのコスプレをして仲間と一緒に街に繰り出した。魔女のコスプレをした女たちをナンパし、どこかの店で酒を飲んで騒いだところまでは覚えている。
「ただいま帰りました。わたしです」 玄関でか細い声がした。壁に掛かっているカレンダーを見る。そうだ。去年と、その前の夏も全く同じ日だった。 夏が逝く頃。暑かった夏が終わろうとしている。 なぜ驚くのだろう。忘れた振りをしているだけということは自分でもわかっているはずなのに。 来客用のチャイムが鳴る音も、鍵の掛かったドアが開く音もしなかった。でも確かにきみの声だった。愛しいきみの…優しい声。 震える膝を押さえて玄関に行ったら、花柄のサマードレスを着たきみが立っ