DLsiteの『みんなで翻訳』サービスに「しまった、先を越された!」と一瞬呆然とした後に考え直した話


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 はじめまして、もしくはお久しぶりです。約間円です。(アカウントの使い分け的に、今後はキシバ→約間円名義を使っていく予定です)

 今回はDLsiteさんの『みんなで翻訳』という新サービスについて。各所で少し話題になっていましたが、これが成功すれば本当に物凄く画期的だということまでは、あまり気付かれていないようにも思います。

 なぜなら。経産省のコンテンツ部門が毎年何十億円も投じてやろうとしてきた、国際市場への日本産コンテンツの進出と拡大。これを、最も効率的かつ大規模に実現できる手段の一つだからです。

 以前から個人的なテーマとして、日本のアニメ系コンテンツが後継者の不足や業界構造、そして少子化による市場縮小と中国・韓国の類似分野の爆発的成長などにより将来の存続が危ういと感じていて。

 それに対する最大の解決策が、国際市場のハリウッド規模の拡大だと考えていました。勿論簡単ではありませんが、私には『秘策』がありました。

そのためのマイルストーンとして考えていたのが、「同人誌の国際公式購入サイト」です。海賊版問題などにも一石を投じることのできる、実現すれば悪くないアイデア。

 ……もうお気付きでしょうが、つまり私の考えていた『秘策』とは今回DLsiteさんがやった挑戦そのものです。「作品の翻訳を全世界のユーザーに委ねる」ということ。

 元々DLsiteさんは日・英・中・韓の四カ国語に対応していて、さらに有償で自作品の公式翻訳サービスも提供していました。これだけでも画期的なのですが、しかし限界があります。

 DLsiteさんの登録作品数は44万作品。しかも常に新作は増え続けます。到底、一企業が有償翻訳で対応しきれる量ではありませんでした。(これはFanzaなどの同業他社においても同様でした)

 では、そもそも何故漫画村などの悪名高い海賊版漫画サイトは膨大な作品数の違法アップロードが可能だったのでしょうか? 

 管理人が一つ一つ手作業でアップロードするオールドスタイルも20年近く前からありますが、それらは手間もかかりますし、多額の収益が出る前に摘発されます。膨大な新作が出続ける日本の出版業界や同人界隈には大した脅威ではありません。

 つまり。大手海賊版サイトが使っていた手法こそが、この「ユーザーに翻訳を委ねる」というシステムだったのです。

 どうしてこれなら膨大な作品数をカバーできるかというと、それは『ネットワーク効果』(別称:ネットワーク外部性)によるものでした。経済学分野で20年以上前に生まれた概念で、現在のSNSなどすべてのインターネットコミュニティに適応できます。

 一言でいうと、「人が増えれば増えるほどその場の価値が増し、さらに人が増える」という理論が『ネットワーク効果』です。
 違法アップロードで盛り上がる場があれば、評価を求めて「趣味」で海賊版を投稿し始めるユーザーがいることは『ひまわり動画』などで以前から知られていました。

 さらに収益化も重なると、「人が増えるほど海賊版サイトは広告収入などで儲かる。その利益を配当すると違法アップローダーも集まる。漫画数が増えると利益も増えるので、膨大な作品数を掲載するほど膨大なアップローダーを集める資金となり、破綻せず拡大していける」というシステムが完成します。

 これが、『ネットワーク効果』を利用した理想的な大規模海賊版サイトの運営手法です。

 そんな風に言うと「ユーザーによる翻訳」が犯罪にしか使われていないかのように聞こえてしまいますが、もちろんそんなことはありません。

 現在のYoutubeには翻訳字幕機能が追加されています。これはユーザーが自由に動画に翻訳版字幕を投稿できるサービスです。
 これによって、秀でた語学力のないクリエイターも海外のユーザーに字幕付きで動画を楽しんでもらうことができるようになりました。(ここ十年で日本のYoutube動画への他言語圏のコメント数は飛躍的に向上しているため、その需要も大きかったでしょう)

 また、個人的に印象深かったのは『SCP財団』というオンラインコンテンツでのユーザー翻訳事例です。

 これはアメリカのオカルト掲示板で発祥して盛り上がった、『SCP財団』という架空のオカルト管理団体のサイトに記事を作成していくムーブメントで、最終的に何ヶ国もの「支部」が生まれるほどの人気を博しました。

 「SCP財団日本支部」も誕生し大いに盛り上がっていたのですが、興味深いのは多数の専門用語や高度な科学技術概念まで交えた、非常に難解なSCP記事の日本語翻訳を、何千記事も有志だけで実現していたことです。

 日本支部の翻訳の速さは常軌を逸しているとまで言われたほどで、その熱量や有志に高い語学力を持つメンバーが集っていたことが伺えます。これは人が集まることでより質の高いコンテンツが生まれ、その素晴らしさに共感してさらに人が集まる、というまさにネットワーク効果の好事例でした。

 つまり。「ユーザーに委ねた翻訳」そのものは、様々な事例で実際に成功し、実現していました。膨大なコンテンツ群に対し、おそらく最も効果的な手段であるという実績と共に。


 さて、元の話に戻りましょう。私の温めていた「秘策」の話です。

 以前から私は上記のように「ユーザーに委ねた翻訳」の力を感じていましたので、いつかこれを使って国内のコンテンツを世界に広め、日本産コンテンツ存続のため国際市場に確固たる地位を築きたいと考えていました。

 しかし何気なく検索していたところ、昨日の夜にDLsiteの『みんなで翻訳』の存在を発見してしまいました!

 その内容は私が検討していた内容そのもの。告知ページを見る限り、しっかりと考え込まれています。また何より、大企業の豊富なリソースと既に広く利用されている同人誌販売プラットフォームに追加導入することで、理想的な形で「ユーザーに委ねた翻訳」システムを市場に提供することができます。

 私は画面の前で呆然としながら、「ああ、これで日本のコンテンツは世界で今以上に盤石な立場になる。私がやるべきことはもう何もない……よかった……」と膝から崩れ落ちて砂になろうかと思いました。

 ですが。よく考えてみれば、勿論そんなことはありませんでした。

 まずもって、「秘策」自体が大したものではありません。
 確かに既存事業者に同様のサービスを打ち出して海賊版対策などを行ったケースは見掛けられないものの、しかし私が思いつけたということは他の誰かも思いつけるということ。

 日本中の優秀なコンテンツマーケティング担当者、企画立案者の中には思いついていた方は多くいたはずで、しかし自社リソースや採算予測などの都合で断念していたはずです。

 当然、私が「秘策」を実現できるのも三年から五年は先のことで、それも初期には大したサービスにはならなかったでしょう。ビジネスはアイデアのみならず様々な要素が絡むもの。高確率で失敗に終わることも推測できます。

 それに対して、DLsiteはどうでしょうか?

 長年コンテンツプラットフォームを運用してきた知名度、信頼、経験。既に多言語対応は行っているため人気作品翻訳後のユーザー数の増加率や収支のデータもある。資本や人材も揃っている。

 誰がどう考えたって、同じアイデアを実現するならDLsiteがやった方がいい。むしろこれ以上なく理想的な環境で「ユーザーに委ねた翻訳」システムの社会実験が行えるのです。

 では、やはり私や同じような考えを持った人にできることはもう何もないのか? いいえ。むしろこれからが最大の正念場であり、逃せないチャンスの宝庫だと言えるでしょう。

 DLsiteという日本最大規模の同人作品プラットフォームが、巨額の資金を投じて最初の「場」を整備してくれました。
 しかしだからといって、それが成功するとは限りません。ビジネスは多様な要素の絡むもの。アイデアが一見優れているように思えたとしても、あえなく失敗と撤退に終わるケースはありふれた話です。

 また、今回は初期段階ということで「英・中・韓の三ヶ国語のみ対応」「CGを除くオリジナルの漫画作品のみ対応」となっています。ついでに言うと、まだこのサービスはそれほど爆発的な知名度を獲得してはいません。

 2020年7月にDLsiteで開始された無償の有志翻訳サービスについての以下のような考察記事がありますが、結果的には大きな問題は発生せず、これを試金石として今回のよりスケールの大きな有償翻訳に踏み切ったと言えるでしょう。

 例えばYoutubeでは、ごく一般的な日本の音楽動画のタイトルをタイ語にしただけで再生数が十倍になったりするようなケースがあります。小規模言語ユーザーは自国語で検索した際のヒット数が少ないため、言わば「自国語の検索結果に飢えて」いるのです。

 そういった点からも、そして国際市場の世界各地まんべんない開拓という視点からも、英・中・韓に留まらない多言語翻訳への挑戦は今後なされていって欲しいとも思います。

 また当然、その前段階でつまづくことも避けなければなりません。
 私が思うにこれは翻訳側にとっても非常に大きなチャンスですので、翻訳者登録を行うユーザーは非常に多くてもおかしくないと思うのですが、11月に翻訳者公募の開始が行われるとあるものの11月8日現在はまだ開始されていません。

 つまり、このとてつもなく壮大で最終的には日本のコンテンツ産業全体を救う可能性すら秘めたプロジェクトは、あんまり盛り上がらなければ途中で頓挫してしまうかもしれないのです。

 逆にDLsiteが最初に成功すれば、各社はこぞってこの手法に参入し、最終的には大手出版社が商業作品を同様の手法で多言語翻訳と国際市場進出を果たすことになる……かもしれません。過程のステップは多いですが。

 というわけで、そのために自分ができることは何か。
 それは翻訳サイドのメンバーとしてプロジェクトに参加することであり、同時に十分な品質を保証した翻訳を継続的に提供できる体制を整えることだと思っています。

 要するに、信頼できる翻訳サークルを組織化したいと考えています。

 ココナラのようなスキル購入サービスにありがちなのが、一時的なスキル提供に留まり、継続的かつ信頼性のあるサービスが受けられないこと。
 今回の翻訳サイドにもそういったユーザー(上記の記事で想定されたような海賊版ユーザーなど)があふれた場合、一気にクリエイターからの信頼を失い、このプロジェクトは頓挫するでしょう。

 いかに運営の審査制度があるとはいえ、「界隈全体の民度」というものが崩壊してしまえば運営側の歯止めなどほとんど意味をなさないことは、現代のネットに触れてきた方々ならよく理解できると思います。
 (青少年が話し合える場のために生まれたSNSが援助交際投稿にあふれ、規制が追いつかずに閉鎖に追い込まれる、など)

 つまり。信頼できる翻訳サイドを安定的に構築することや、漫画以外のコンテンツ、三ヶ国語以外の言語への挑戦といった『DLsite運営の隙間をフォローする』ような取り組みは、私達ユーザーサイドが積極的に行っていかなければならないということです。

 DLsiteは理想的なプラットフォームですが、同時に営利企業です。独占翻訳権に関する記述などがあるように、利益が出なければ撤退せざるを得ません。収益だけでなく短期的にはユーザーやクリエイターのための試みでもあると書かれているものの、超長期的に日本のコンテンツ産業全体の発展のため、などというまだ現実的とは言えない理想までは書かれていません。企業として、それは当たり前のことです。

 だからこそ。私や同じ考えを持った人々にもやれることがあり、むしろ大規模プラットフォームが「場」を生み出してくれた今こそが最大のチャンスである。

 そう考えて、準備を進めています。

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