はじめて一人旅
さて、一週飛んで、週が明け月曜日になった。
冨樫先生のように名実ともに兼ね備えた大先生でなければ許されない所業ではあるものの、ここは読者投票の結果でシノギを削る週間少年ジャンプでもなければ、締め切りがある期末のレポートでもないわけなのだ。
それでも一定の締め切りがあるというのは、なんとなくありがたい。その締め切りというのは、いわゆる「読者が待たされている」ということ、それ自体なのだが、いかんせんそれがどのくらいいて、単なるもの好きの冷やかしがどれくらいいるのか、というのは無料の媒体ゆえ謎なのである。これが木戸銭として100円でも200円でもとるとなれば、冷やかしの類を随分と篩いにかけられるということは言わずもがなである。が、まぁまだそれはしない。
さて、今回も前置きが随分と長くなっていることは重々承知している。
先々週くらい、妻が高熱を出した。熱はすぐ下がり症状は喉へ鼻へと次々移っていった。流行りの感染症は検査キットではネガティヴだったが、嗅覚障害の後遺症が少し残っていた。
そんな症状がすこし落ち着いたころ、私は1人で南仏に行くことを決めた。
なぜか。
今、私の住んでいるリールという街はフランスでは極北。ものすごく寒いのである。パリでも同じで最低気温だけでなく最高気温がマイナスから変わらない日も少なくない。それでいて日が落ちるのは早く、また日が昇るのも朝の8時から9時ごろ。なんとまぁ鬱まっしぐらな天候なのだ。太陽のあるところへ引っ越さなくてはまずい。
今回はそのための下見ってなわけだ。
ちなみにフランスで出会う日本人のなかには北海道や新潟など、ここより寒さが過酷なところで生まれ育った人たちが多くいて、北国のタフさをあらためて感じた。わたしたちのように盆地で生まれ育って、夏の教室で配られたプリントのわらばん紙がうねる湿気とただひたすらに冷気を抱え込んで離さない底冷えに耐えかねて、瀬戸内の陽気に癒されていた軟弱ものにとって、この天候は危険だった。
「そんな、たいそうな」と思う方もいるかも知れないが、留学というのは何らかの精神疾患の発症の契機として十分、説得力を持つものである。
おまけにリールといえばフランスでもイギリスと目と鼻の先で天気もどんより、雨も多いし日光も少ない。
留学だけでもそうなのに、日に浴びないと抑うつになる可能性は倍増だ。
ところで留学先で何らかの疾患を発症した例は無名・有名問わず数多あるが、そのなかでも私がよく思い出すのは夏目漱石である。
漱石は、子どものころからの私のお気に入りの作家なのだ(といっても全てを読んだわけではないので本気の人たちの前ではこんな大口たたけない)。
私は漱石の妻、鏡子による『漱石の思い出』のなかにある漱石の妄想エピソードをどこかで聞いたことがある。(日本に帰ったら読みたい)
漱石は、ロンドン留学中に下宿先の女主人から見張られているという妄想をもっていた。
彼はある日、ロンドンの街角で物乞いに小銭をあげた。
その後、帰宅して自分の下宿の窓際に小銭が置いてあるのを見た漱石は
「自分が物乞いに小銭をあげるのを女主人は見ていて、それを揶揄するため、そして「お前のこと全部見ているぞ」って漱石に知らしめるために、女主人が窓に置いたのだ!」
と解釈する。
ここからさらに漱石の妄想がすごいのは
日本に帰って結婚してできた娘、筆子が火鉢の縁に五厘銭を置いたのをみて
やおら筆子を叩く。なぜ叩かれたかわからず筆子は泣く。
なぜ叩いたかというと、上記のエピソードを筆子が全部知っていて、女主人の真似をしたと。
このあたり、あまりにうろ覚えだったので少しネットで調べてみたらば、かの吉本隆明もここで書いていた(ものすごく長いので注意)。
ここで吉本がいう、漱石の一貫した『こころ』的なテーマ、すなわち親友と1人の女性を奪い合う罪の葛藤というテーマが、興味深い。この読み筋が、一定程度の説得力をもつと思えるのは、『こころ』と同じ時期に、私が本当に愛してやまなかった小説(アニメ)に『海がきこえる』がある。
確かに、あれも松野と森崎が武藤を取り合うという『こころ』的な図式だったのだと何十年もたって吉本と留学のおかげて気づいた。
なるほど、あの頃の私はこの図式に心惹かれていたようだ。
まぁ松野は死なずに京都に進学、森崎は東京へという『こころ』に比べると随分ほっこりエピソードではあるが。
ということで、相変わらず、一人旅に出る前に、もうすっかり文字制限を超えてしまって、2週分の2000字以上ほど書いてしまった。
やたらイントロの長い曲、やたらと枕が長い落語のようになってしまったが、それはそれで良い。とにかく日光の代わりに人生で初めてビタミン剤を常用して鬱を防いでいる、そんな毎日を送っている。
来週にはさすがに、南仏へ向けて出発したいと思う。
あ、
今年もありがとうございました。
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