【掌編小説】友だち母娘
聡美と眠子は「友だち母娘」と、よく言われていた。聡美は眠子に理解を示し、眠子がやりたいと言ったことはやらせ、見守った。眠子もそんな母親に応え、素直で真面目な、優しい子になり、聡美との買い物や祖母の見舞い、祖父の墓参りに一緒に行った。
聡美は容姿も言動も若々しく社交的で、眠子は控えめながら、しゃんとした、しっかり者だった。そんな二人が並んでいる姿は、アニメか漫画に出て来るような、見ているだけで羨ましくなるような女子同士の親友のようだった。
眠子は大学生になってから、実家にいる間中、次第にイライラと過ごすようになった。家族に八つ当たりしないよう、なるべく部屋に籠るようにしたのだが、聡美は眠子の気持ちに気がつかず、ずけずけと眠子に話しかけた。
いや、聡美は眠子の様子に気がついてはいた。だが、「眠子と話したい」「眠子に愚痴を吐き出したい」「かつてのように、うんうんと自分の話を眠子ならば聞いてくれるはずだ」と、自分の快適さを優先したのだ。
心を磨り減らした眠子は、大学は卒業出来たものの仕事に就けなかった。聡美は眠子に「お母さんにとっては、ずっと娘だもん。家にはずっと居て良いから。楽しく生きて」と言った。
ある日、眠子がまたイライラとしていて、その気持ちをやり過ごそうと閉じ籠っていた部屋から居間に下りると、聡美がテレビを見ながらスマホでゲームをしていて、つるつる指を画面に滑らせながら言った。
「眠子。洗濯もの乾いたよ。早く畳んで部屋に持って行って」
そう言われた眠子は聡美を睨んだが、言われた通りにした。
聡美は眠子に畳み掛けた。
「ここは皆で使う居間なんだから、気を使わなきゃダメだよ」
まるで自分が全く気を使えないかのように言われた眠子は頭に来た。
「お母さんだって私に気を使えてないよ。洗濯物なんて床に散らかしてる訳じゃないんだから、私がいつ取り込もうと、自分のペースでいいじゃない」
「でもねぇ、朝まで干しっぱなしだと目覚めたときに全く爽やかじゃなくて気分悪いんだよね」
「そんなの、お母さんが気を使って気にしないでいてくれればいいじゃない」
「あのねえ、家で出来ないことは外でも誰と過ごしてても出来ないんだよ。眠子ために言ってるんだよ?」
「そんなの、本当かどうかわかんないもん。家、出たことないし、友達も、もういないし」
「お母さんが気を使えてないの? どこが?!」
と、聡美は眠子を見下ろして、ムキになって訊ねた。親らしい牽制ではなく、本当に「訊いてくる」ので、眠子は呆れて、悲しくなった。でも、彼女、聡美のこの言い方は、ある意味で親らしい意味が込もっていた。「相手にこんな嫌なことされたら、あなただったらどう思う? 嫌よね✨ じゃあ、もう二度としないようにしようね☺️❤」という、頭を全く使っていない教育方法である。
冷静な怒りを込めて眠子は言った。
「さっき『眠子のために』って言ったよね。それなら、もう私を教育しなくていいから」
聡美は金切り声を上げた。眠子は聡美が吐き出しきるのを待って、こう続けた。
「もう、お母さんのアドバイスとかいらないの。だから、もう少し新しい工夫をして、楽しくなくて全然いいから、私が出て行くまで平和に暮らそう。例えば、お母さん。自分の友だちにだったら、あんな頼み方しないよね? あんな躾みたいな言い方」
聡美は金切り声を上げながら、寝室へずんずん進んでいき、襖を当てつけがましく大きな音を立てながら閉めた。
本当の友だちは、あんな風に出来る甘えは通用しないはずだ、きっとーー。
眠子は畳んだ洗濯物をぬいぐるみのように抱き締めて部屋に戻った。
友だち母娘は褒め言葉じゃない。頭がゆるふわな女子レベルの喧嘩しか出来ない、悲しい環境だ。
了
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