本棚と育つ
本棚を見るとその人が分かるというけれど、私の場合はどうなんだろうか。「とりあえず節操がない、なんじゃない?」とは夫の弁。
すでに壁一面を埋めている本棚は一杯で、一つ詰めると一つがはみ出してしまうという有様だった。うーむ。本棚の前で腕を組んで私はしばし黙考する。
中央の高さがあるスペースには美術館に行った時に購入した展覧会のカタログが並んでいる。これは北斎展、こっちはルーベンス展、ああこれはミュシャ展のやつか。どれも分厚く読み応えのある面構えをしていて、どっしりと中央に陣取って本棚に威厳を添えている。
右上のエリアは仕事がらみの書籍が入っていて、これでも私はエンジニアの端くれなので材料工学やプラント技術、流体力学と言ったお堅い技術系の書籍が背筋を伸ばして整列していた。厚みがそれほどないわりには結構お値段がするのが彼らの特徴だ。
左上はアニメのエリア。特に気に入ったアニメだけではあるけど「カウボーイビバップ」と「ガンダムW」、「ガールズ&パンツァー」それに「宇宙よりも遠い場所」のブルーレイディスクが押し込められている。ブルーレイを持っているのになぜかついついサブスクで見ちゃうんだよね。
左下は趣味エリアで、いや趣味というならどれも趣味ではあるんだけども主に柳田國男とか折口信夫とか宮本常一とか網野善彦とか宮田登とか民俗学関係の本が混沌としている。この辺りは一冊読むごとに参考文献を通じていつの間にかだんだん増殖していった気がする。しれっと京極夏彦がいたりするけど。なぜだ。
右下はSF作品エリア。ハインラインにディック、ヴォネガットとか、小松左京、星新一、小川一水なんかがみっしりと詰まっている。右上の技術書とのエリアの境目があいまいなのが目下の悩みだったりもする。
そうすると空けるのは中央上段の少女コミックエリアかなぁ。「NANA」とか「花より男子」「ハチミツとクローバー」、「ガラスの仮面」なんかが佇んでいる。でもなぁ、どれも思い入れがあるんだよなぁ……。
本棚を前にしてうんうん唸り、ときおり思い出したかのように本を抜き出してはぱらぱらとめくってまた元の所に戻す、という作業を延々と繰り返している私をダイニングテーブルについてコーヒーを飲みながら夫が見つめていたのだけど、あまりに私が悩んでいる様子だったからだろうか、呆れたように告げてきた。
「まだ空ける部分は決まらない?」
「まあねえ……ここまで育てるのには時間がかかったからねぇ……」
「育てる?」
「そうだよ。本棚は育てるものだもの」
これは私が長年かけて育てた本棚であるし、私を育てた本棚でもある。おいそれと断捨離できるものではない。夫が溜息をついて根負けしたように私に告げる。
「わかった。それじゃあ提案だけど左上のブルーレイディスクをテレビの棚に入れていいよ」
「本当!?」
本来であればテレビの棚は映画好きな夫のテリトリーであるのだけど、そこを間借りさせてもらえることになった。「今はサブスクで見られるものもあるから、少し整理したんだよ」とのことで、おかげさまで本棚にスペースを作ることが出来た。
ようやくのことで空きの出来たスペースに新たにラインナップされるのは、私が今まで手を出していなかった未知のジャンル、『絵本』である。
「さてさて、いったい君はどういう本が読みたいのかな?」
色んなジャンルの本があるよ。世界には君が一生かけても読み切れないような素敵な本がたくさんあるんだから。大きく膨らんだおなかをさすりながら、私は心の中で呼びかける。新たな一歩を踏み出した私の本棚。君色に染まっていくのも、また楽しいんじゃないかなと思うのだった。