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第10話 科学部、周期に備える!

「いやー、良かった。教授が無事か、そればっかり心配でさー」
「ありがとうございます。なんとか貞操の危機だけは免れました」

 アカントーデス類を捌いた後らしい教授が、血だらけの手に万能ナイフを握ったままお出迎えしてくれる。姐御がそれと同じスタイルでいるよりも、この男の方が何やら正体不明で不気味なものを感じさせる。

「なんかあれだねー、凄い戦いが繰り広げられてたようにも見えるねー」
「あたしとの攻防でこうなったわけじゃないからね!」

 当たり前だ。だが否定したくなる気持ちもわからないではない。

「で、どこか真水の採取できるところはありましたか?」
「おー、あったあった。すんげー遠回りしたけど、すぐそこにあった。俺は迷子になってたけど、二号先輩すげーんだよ、体の中にGPS入ってんじゃねーのってくらい、正確に方向がわかるんだよ。二号先輩いなかったら、俺、戻って来なかったかも」

 GPS受信状態であっても、ペルム紀に衛星は存在しない。

「しかもディプロカウルスがいたんだよー! いやー、驚いたねー」
「ディプロカウルス……聞いたことあるわね、どんなのだっけ?」
「頭が三角の」
「あー、あれか!」

 早くも先輩二人はヒャッハーしている。

「んで、そっちの進み具合は?」
「ああ、こっちは姐御先輩がコエラカントゥスを全部スライスしてくれて、日干しにしてるところ。僕の方はアカントーデス類を捌いたのと、あと、あっちの方に真水蒸留設備を作っておいたから、近づかないように」

 鉄板とシダの葉の上に並べられた魚の切り身や開きを見て、二号が「う~ん」と唸る。

「これは乾かないねー」
「でしょ? あたしの言いたいこと、わかってるよね?」
「はいはい、平籠を編めということだねー。りょうかーい」
「それと金太。あんたは物干し竿作んのよ」
「姐御先輩の黒ブラと紐パンを干すんすか? げへ、げへへ」

 鼻血を出しながらする質問ではない。

「それもあるけど、この魚ぶら下げた方が早く乾燥できるでしょ?」
「あ、魚っすか」
「はい、わかったらとっとと作る」
「ういっす」

 金太は柱になるようなものを、雑シダ林に探しに行ってしまった。二号がすぐに後を追う。彼は籠の材料を探しに行ったのだろう。
 教授はすぐ傍の岩にちょうどいい窪みを見つけ、そこをかまどにする気なのか上に鉄板を乗せて調整している。
 しばらくすると、金太が木生シダの幹だか枝だかそんなものをたくさん抱え、二号は細いシダの茎部分を山ほど持って、仲良く戻ってきた。
 二号は早速籠を編み始め、金太と教授は協力して物干し竿をいくつも作る。だんだん四人の息が合ってきて、それぞれの仕事を自覚し始めたようだ。
 物干し竿ができると、今度は教授がコエラカントゥスのスライスに穴を開け、そこに細長い葉っぱを通していく。これで竿に干すのだろう。

「金太暇そうね。悪いけど、ちょっと海に潜って来てくれない?」
「何か採って来るんすか?」
「うん、カイメンって知ってる?」
「カイメン……?」
「あんたにも海綿体あるでしょ?」
「姐御先輩……相手は金太です。関係ない僕と二号先輩だけにダメージを与えるのやめてください」
「恥ずかしがることないわよ。生殖器官に必ず存在するんだから」

 解説しよう。
 カイメンとは、海綿動物門に属する動物の総称であり、骨格は柔軟性のあるスポンジ状の繊維で形成されている。以上!

「要はスポンジみたいな感じのヤツなんすね?」
「お風呂で使ったりするよねー」
「よくスーパーでレジの人がお札数えるのにスポンジみたいなのに水分染み込ませて置いてるじゃない。あれよ、あれ」
「郵便局や銀行にも収入印紙や切手を濡らすために置いてあるんだが、見たことないか?」
「あー! あれか、あの黄色いヤツ!」
「それ!」
「了解っす! ところで……何に使うんすか? お風呂もお札《さつ》も切手も無いっすよ?」

 確かにそうだ。教授と二号が首を傾げて姐御の方に回答を促す。

「つまり3週間後には、あたしの生理が始まるの。ここ、ナプキン無いから」

 三人の男子があんぐりと口を開けたまま、固まっている。姐御よ、そういう事はもうちょっと恥じらいながら言おうか。

「つ、つまりあれかねー、カイメンを使って吸収させようということかねー?」
「そ! だから金太、よろしくね!」
「マジすか! 俺がカイメンになりたい!」
「いよいよ本物の変態だな」
「既に脳みそカイメンみたいなもんじゃないのよ、あんた無性生殖できるでしょ」
「まあ、カイメンは先カンブリア時代エディアカラ紀辺りにはもういたからねー」

 言ってることが滅茶苦茶である。が、幸い金太には意味が理解できていない。知らぬが仏とはこのことである。

「それにしてもですね、姐御先輩、一応淑女の嗜みとしてそういうことはあまりはっきりと……」
「んなこと言ってらんないじゃん。これからあたしたち死ぬまで古生代で生活しなきゃならないかもしれないのよ? 毎月毎月、もぞもぞしちゃいられないの。大体、昔の女の人は生理小屋に籠って3日くらい過ごしてたらしいのよ? あたしがそこら辺の洞窟に潜んで3日も4日も出て来なかったら、あんたたち困るんじゃないの?」
「その時は教授を天宇受売あめのうずめの如く踊らせればいいかなー?」
「また僕は人身御供なんですか!」
「アメノウズメって何すか!」
「あーもういちいちめんどくさいアウストラロピテクスね! 解説君、早く!」

 解説しよう。
 天宇受売命あめのうずめのみこととは、弟と喧嘩した天照大神あまてらすおおみかみがいじけて天岩戸あまのいわとに隠れて世界がまっ暗闇になった時、逆さに伏せた桶の上に立って、ほぼほぼスッポンポンに近い状態で妙ちきりんな踊りを踊った芸能の女神様である。日本最古の踊り子と言って良い。以上!

「全然わかんないっす」
「解説君、割とテキトー」
「つまりあたしがいじけたら、教授が上半身スッポンポンで生殖器をぶらぶらさせながら、そこの金盥かなだらいの上で踊るしかないの!」

 微妙な間が空いた。これは恐らく男子三人の脳内で、その絵が構築されている時間であろう。二号の次の言葉がそれを如実に物語っている。

「シュールだねー」
「俺、ちょっと見たいかも」
「…………」

 これ以上教授の地雷を踏まないうちに、それぞれの仕事に大急ぎで戻ったのは言うまでもない。



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