うさぎとおばけのマグカップ 第18話
幽霊の案はそのまんま全部企画会議を通過した。田島さんのためのゆるキャラ案もだ。もちろん幽霊のことは話せないから、俺が考えたってことにしておいたんだけど。
そのお陰で田島さんには「羽鷺さん天才じゃないですか?」ってド尊敬されるし、課長からも褒められるし、なんだか居心地がいいような悪いようなビミョーな気分だった。
幽霊の手柄を俺が横取りしちゃったような、そんな後ろめたさがあった。
しかも。昼休みに幽霊の『愛霊弁当』を食っているところへ田島さんがやって来て、とんでもないことを言ったのだ。
「しっかし、いつ見ても羽鷺さんのお弁当はゴージャスですよね。一度でいいから羽鷺さんの手料理食べてみたいんですけど、お家にお邪魔するわけにはいきませんか? 嫁に来いなんて言いませんから」
***
家に帰った俺はまずは幽霊に相談しなければならなかった。こういう時、どういって断れば失礼にならないか、俺には到底考えつかなかったのだ。
なのに。なのにだ。
幽霊の返答は耳を疑うものだった。
『いいじゃん、連れて来れば。田島さんって、ゆるキャラ担当の人でしょ? サバサバ系の』
「うん、そうなんだけど。でも俺は連れてくる気とか無くてさ」
『なんでよー。チャンスだよ、コクられるかもしんないじゃん。晴れてリア充じゃん、連れておいでよ。料理なんか特別凝ったもの作らなくても、想ちゃんの得意なやつでいいんだよ。その方が女の子としては萌えるし』
「いや、そういう問題じゃなくてさ」
『その田島さん、好みじゃないの?』
え? そう来るとは思わなかった。
田島さんか。考えたことも無かったけど、ぶっちゃけあのサバサバ感とか、その割にちょっとかわいい系の服装とか、前向きな姿勢とか、かなり好きな方だったりする。
『女の子が男の部屋に一人で遊びに行くなんて、はっきり言って期待してるのと同じだから。それ、食っちゃってくださいって言ってるようなもんだから』
「いや、彼女が食いに来たいって言ってんだよ、飯を」
『だから、ご飯食べさせてくれたお礼にワタシを食っちゃっていいわよってことじゃん、気づけよこの朴念仁』
「え、ちょっと待ってよ、それ、田島さんいただいていいわけ?」
『避妊具は準備するんだよ』
「いやいやいや、幽霊いるのにそれは無理」
『大丈夫、出て行くから。ちょっと覗くけど』
なんだよそれ!
「覗くなよ! じゃなくて、そういうのとは違うから」
とは言ったけど。やっぱりいろいろ考えちゃったりした俺は、結局田島さんを『ランチに』招待することにしてしまったのだ。
***
次の日曜日、田島さんは俺んちにやって来た。白いTシャツににマドラスチェックのシャツを羽織り、デニムのロングスカートを履いていた。ちょっとイメージが違って見えた。
「おじゃましまーす」
「どーぞ、テキトーに座って」
幽霊がこっちを見てる。もう、勘弁してくれよ。
「羽鷺さん、お部屋すごくきれいにしてますね。うちの弟と大違い」
「俺んち、物が少ないから。嫌いなものある?」
「ありません」
「じゃ、すぐ作るから」
とは言ったものの、誰かに見られながら作るのって変に緊張するな。とりあえず絶対に失敗しないやつを無難に作るのがいいだろうと、俺は鍋に湯を沸かし始めた。超絶簡単なスパゲティにしておけば問題ないだろう。
と思っていたら、知らぬ間に田島さんが俺の背後にぴったりとくっついていた。
「あのー、見学させて貰ってもいいですか? わたしもレパートリー増やしたいんです」
「え? あ、いいけど」
ふと見ると。田島さんの背後で幽霊がジーッとこっちを見ている。なんとも言えず居心地が悪い。
「何作るんですか?」
「ツナの冷製パスタ。暑いし、冷たい方がいいかなって」
「おお~、なんか本格的ですね」
「いや、小学生でも作れるよ」
ちょっとドキドキしながら、ボウル代わりの鍋にツナを入れる。そこにオリーヴオイルを入れ、柚子胡椒を振る。
「さすが、手慣れてますね。このツナは全部入れちゃっていいんですか?」
「ツナはオイル漬けじゃなくてスープ漬け。オイルなら切らなきゃならないんだけど、スープならそのまま全部使える。ニンニク入れても大丈夫?」
「あ、ちょっとなら」
了承を得たんで、チューブ入りのニンニクを絞る。これで俺が変な気を起こすこともなくなるはずだ。
「お湯、沸きました」
「麺、茹でて貰っていい?」
「はい、それくらいなら喜んで」
田島さんが二百グラムきっちり鍋に入れる。そこに横から俺が塩を投入。彼女に菜箸を渡して、俺は隣でまな板を準備。
「今度はなんですか?」
「大葉。これ千切りにしとくの」
そう言いつつもめっちゃ手間取っていると、幽霊が俺の背後にぴったりとくっついて来て、耳元で囁いた。
『腕の力抜いて。あたしに任せて』
幽霊が俺の体に乗り移って、勝手に大葉を切り始めた。手慣れた様子でテンポよく、トントントンと大葉を刻んでいく。
ああ、なるほど、包丁ってのはこうやって持って、こうやって具材を押さえていればいいのか。
って納得すると同時に、幽霊の体を感じてなんだか急に恥ずかしくなってくる。俺、今アイツと一体化してんじゃん……。
茹で上がったスパゲティを冷水にとって水を切り、さっきのツナの中にガバッと入れる。田島さんが「お~」と感嘆の声を上げる。
ザックリ混ぜ合わせてお皿に盛り付け、上に大量の大葉を積んだら出来上がり。粗挽き黒コショウを振ればいい香りが漂ってくる。
「はい、味の保証はできないけど」
「すごーい! 簡単なんですね。いただきます!」
俺の体から抜け出た幽霊が、田島さんのすぐ横で正座している。『どう? ねえ、どう?』とばかりに田島さんの顔を覗き込んでいたが、彼女が「美味しい!」と声を上げると、なぜか幽霊は『おっしゃぁあ!』とガッツポーズを作ってそのままベッドにひっくり返った。
「すっごい美味しい! これ、わたしも家に帰ったら作ります! 一つレパートリーが増えちゃった。しかも簡単だし」
「まずいって言われたらどうしようかと思ったから、ちょっと安心したよ」
「こういうのどこで覚えるんです?」
「え……っとね」
幽霊の方をチラ見すると『想ちゃんの創作料理!』と言っている。本当は幽霊が教えてくれたんだけど。
「なんかその辺にあるものでテキトーに作ってたら、たまに当たりができるって言うか、そんな感じ?」
「そうなんですか。わたし、全然当たらないんですよね。ほんと羽鷺さんみたいなお嫁さん、欲しいなぁ」
嫌な予感がして幽霊の方に視線を送ると『行け! 押せ!』とか言ってる。けど、そういうのとなんか違うんだよなぁ。
スパゲティを食べ終えて二人で後片付けを終えた時、ふと、田島さんが「羽鷺さん」と言いだした。
「ん? なに?」
「羽鷺さん、好きな人いますよね?」
「えっ?」
後ろの方で幽霊が『キター!』って喚いてる。もう、なんだかなぁ。
「あ、いえ、なんでもないです。ごめんなさい。ご馳走様でした、美味しかったです。わたし、帰りますね。本当に食べに来ただけみたいになっちゃってすみませんけど」
はい? もう帰るんですか? いや、俺としてはその方が都合がいいけど。
「ああ、うん、じゃあ送るよ、駅まで」
「あはは、お願いします。わたし、方向音痴で」
俺は背後で『逃すなよー!』とか言ってる幽霊に溜息を投げかけながら、部屋を出た。
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