見出し画像

プラネタリウム

ホムラとプラネタリウムに行く話です。
友情出演:モモコ


ある暑い日、私とホムラはプラネタリウムに来ていた。
「どうして人工の星を見る必要があるの?僕はこれよりもっと綺麗な星を、君に見せてあげるよ?」
ホムラが口を尖らせてそう主張する。行きたいところがある、とホムラを連れ出したものの、私だって、どうしてもプラネタリウムの星が見たいわけじゃない。

きっかけはモモコの占いである。週末の予定はデートだと言うと、彼女が得意なタロットカードで運勢を占ってくれたのだ。
『最近、彼の気持ちがわからなくて悩んでるみたいだねー。そうだ!最近カップルの間で流行ってるジンクスなんだけど、ここのプラネタリウムで“ある星”を見た2人は、ずっと一緒に居られるんだって!せっかくだから行ってみて!』
モモコの言った『悩んでる』ことは当たらずとも遠からず、流行のジンクスに少しだけ乗ってみようと思ったのだ。しかし、ホムラはジンクスを嫌っている節があるので、本来の目的を告げずに「行ってみたい」の一言で彼を連れ出したのだ。

「ほら、涼しい中で見る星もいいかもよ?」
そう返したが、ホムラの不機嫌は収まりそうにない。
「今からでも考え直さない?機械の解説よりも詳しい“君専用”の僕の解説付きだよ。」
君専用を強調してホムラが言う。
「ほら、もう始まっちゃう!」
私は慌てているふりをして、ホムラの背中を入り口へと押した。
久々に来たプラネタリウムの中は薄暗さも相まって、ひんやりとしていた。
私達は係の人の案内で、小さいソファのような座席に通される。
「こんなシート初めて見たよ。」
私の後から来たホムラが戸惑ったような声をあげる。
「そう?」
私はホムラに返事をしながら、パンフレットでお目当ての“あの星”を探していた。どうやら他の星よりも一際輝くピンク色の星で、映像の後半に出てくるらしい。よし、見逃さないようにしないと、と気合いを入れた私は、隣に座るホムラの様子が少しおかしいことに気づく。
まあ、わざわざ行きたいところがあると言って連れ出された場所が、好きでもない所だったら機嫌も悪くなるよね。
そう考えているうちに上映時間になったらしく、照明が落とされ、開演のアナウンスが流れる。天井のスクリーンには、夜空を模した暗闇が映し出され、館内に静けさが流れる。私は隣のホムラを横目で見たが、彼は腕を組んで、私の方から顔を背けている。もしかして、ホムラは見る気がないのかな。
そんな私の心配をよそに、ナレーションに合わせて天井の星空がゆっくりと変わっていく。
「下の方をご覧ください。V字のようになった星々が見えるでしょうか?あれが魚座です。名前の由来は様々ですが、女神が誤って湖に落ちた時、彼女を助けた魚が天に上がり、その2匹の子どもがうお座になったそうです。」そろそろ中盤であり、目当ての星探しをしなければならない。私は心配を払いのけ、ゴクリと喉を鳴らした。
「ねぇ」
突然、ホムラが小声で私に話しかけてきた。
「なに?」
戦闘態勢に入った私は、思わず素っ気ない返事をしてしまう。少し気圧されたのだろうか。おずおずとホムラは話を切り出した。
「君は……、前にもこういう場所に来たことがあるのかい?」
「あるよ。」
小学校の時の社会科見学だったか、理科の課外授業だったか、前にもプラネタリウムに来たことがある。
「僕は誰とも来たことがないのに……」
なにやらホムラがブツブツ言っているが、私は星探しに熱中していた。
程なくして、様々な星座達が夜空に映し出された時、私はついに“あの星”を発見したのだ。
「ホムラ!あった!見て!」
私は興奮のあまり、近くにあったホムラの腕を掴む。
「ちょっ、君!」
驚いた声が聞こえてくるが、構わずに“あの星”を指差す。
「あっ、あの星がどうかしたのかい?」
私はホムラが“あの星”を見つけられたか確認しようと、ホムラの顔を見た。「ホムラ、金魚になってるよ?」
そう、ホムラの顔は金魚よろしく、真っ赤になっていた。
「きっ、君がいきなり腕を掴むから!」
ホムラは慌てて弁解しているが、動揺を隠せていない。おそらく、彼の心拍数は過去最高記録を樹立しただろう。
そんなホムラを笑いながら見ていると、どうやら上映時間が終わったらしく、上映終了のアナウンスが流れる。周りの観客は退出し始めているが、ホムラは立ち上がろうとしない。何かを決心したかのように、彼は言葉を紡ぎ出した。
「君は男と触れ合うことに慣れているんだろうけど、僕はそうじゃない……。」
「どういうこと?」
「君は前にもここに来て、薄暗い中で、この……密着したシートで手を繋いだりなんかして、愛を囁き合ったんだろう?」
思い当たる節もなく、全く意味がわからない。
「そんなことしてないけど……。」
「前もここに来たことあるって言ったじゃないか。それに、このシートを見ても全く動揺していなかったし……。」
頬を膨らませているホムラを見ながら、私は彼の今までの言動を思い返していた。
つまりホムラは、私が他の男とデートでプラネタリウムに来たことがある、という勘違いをしてヤキモチを妬いているらしい。
「ああ、前に来たのは小学生の社会科見学。このシートは私も初めて座ったよ。」
「本当かい?」
ホムラが目を見開いて私を見つめる。
「本当だよ。」
ホムラを見てそう答えると、彼はやっと安心したようだった。
「すみません、次の上映時間があるので、退席いただけると……。」
いつの間にか係の人が前に立っており、困ったような顔をしていた。
「すみません!」
私は慌てて立ち上がり、ホムラの手を引っ張って出口へと足早に歩く。
「ところで、君が『見つけた』と言ったあの星は何だったんだい?」
私に引っ張られながら、プラネタリウムを出たホムラが言う。
「それは……」
私は繋がれたままの手を見ながら言い淀む。
「ないしょ!」
きっとジンクスになんか頼らなくても、私達なら大丈夫。
眉を寄せたホムラの顔を見ながら、私はそう思ったのだった。

いいなと思ったら応援しよう!