罪と罰日記 7月18日 「女好きで何が悪い」と開き直るスヴェドリガイロフ
とにかく「罪と罰」の登場人物はよく喋り、よく書く。
いずれも長い。
「おせん泣かすな、馬肥やせ」をよしとし、木と紙で出来た家に住み、味噌汁と漬け物と米を食べて生きて来た日本人には理解できない長さがある。
くどい。しつこい。耐え難い。
ドストエフスキーの小説を近寄り難くしている要因は、内容の難しさよりこの語りと手紙の長さではないだろうか。
この長さが心地よくなってきたりしたら、もうあなたはドフ好きだ。
今回も、主人公ラスコーリニコフの妹ドーニャをたぶらかそうとしたスヴェドリガイロフが喋り倒します。
復習すると、スヴェドリガイロフは家政婦として雇ったドーニャに恋心を抱き、盛んにアプローチしていたことを妻に見つかる。
妻はドーニャが誘ったと勘違いし、あることないこと近所に触れ回る。
ドーニャは街にいられなくなるのだが、事実を知ったスヴェドリガイロフの妻が逆にドーニャの無実を喧伝してくれた。
そこへ助けに入ったのが許嫁となったルージンだった(後に決別)。
妻が謎の死を遂げた後、性懲りもなくスヴェドリガイロフはドーニャの後を追いかけて来る。
そして、妻の遺言で財産の一部をドーニャに譲りたいと言い出す。
信じないラスコーリニコフ。そんなとき、スヴェドリガイロフはラスコーリニコフの老婆殺しの事実を嗅ぎ付けてしまう——。
と、まあロシアにうじゃうじゃいたんだろうなと思わせる、妖怪爺である。
ラスコーリニコフはあえてスヴェドリガイロフに会いに行く。
対決のためである。
事実を本当に知っているのか突き止めるため(放っておけばいいんだが、どうもラスコーリニコフ、徒に真実を追究したがる癖がある)。そして、ドーニャを罠にかけさせないよう釘を刺すためだ。
スヴェドリガイロフも、ラスコーリニコフに自首を薦めた予審判事ポリフィーリーのように、のらりくらりと饒舌に喋る。
途中で何を読んでいるのかわからなくなるくらい長くてくどい。ドス好きにはたまりません。
ラスコーリニコフ(以下、ラス)を暖かく迎えるスヴェドリガイロフ(以下、スベ)。
ラスはスベに偶然会ったように装うが、そりゃ百戦錬磨のスベ。そんな嘘にひかかるわけがない。
嘘を見抜いてラスをからかっていると、ポリフィーリーにしてもルービンにしても、からかわれるのが何より嫌いなラス。
「あなたとまだ付き合わなければいけないのか」と迫る。
要は、早く遠ざかってくれって言ってるわけです。
「あなたが何を考えているか分からない。ただし、妹に何かちょっかいを出すようなことがあれば、ただではおかない。とにかく私は急いでいるのだ」と言うと、そ知らぬ顔をしてスベはラスに「何を急いでるんです?」なんぞと尋ねる。
「人には人の事情がある」
「おやおや、ざっくばらんに話そうと言い出しておきながら、ご自分のことになると心を閉ざす」とスベ、真理をつく。ラス、俺もそう思うよ。
とにかくスベ、あんたは奥さんが亡くなったばかりで妹にちょっかいを出す気か。淫蕩者か。
淫蕩とはおだやかじゃない。私も男。女性に興味はある。そりゃ自然なものでしょ。
病気だ。
飛躍しますな。病気かもしれない。しかしこれも自然なもの。どうしようもない。
などという、ばかし合いのような会話を交わす。
で、実にくどくどと遠回しな前置き(略)を置いて、要はラスの妹ドーニャに惚れ込んで惚れ込んで、そのために人生を費やしているようなことを言う。
どす黒くて歪んで卑屈で賎しそうに描かれるスベ。実は恋には純である。
このへんで、スベが愛しく思えて来たりしたら、「罪と罰」に泥沼である。
スベ、ラスに対して小間使いを殺したとか、妻を毒殺して今でも幽霊を見るといった噂(結構、不気味です)や、既に婚約している頭の弱い純粋な女(ドストエフスキー、どうやらこういう女性が好きらしい)をこれまた延々10ページ以上に渡って言い訳する。
くどい。
このへんで飛ばしてしまう人も多かろう。それも一興。
そして、ラスをソーニャの部屋に案内する。
ラス、恋の前ではいきなり愚かになる。
スベ、その足でやはり目指すはドーニャの部屋だった。
愚かなりラスコーリニコフ。岩波文庫版第6部277ページ。
次回、ドーニャに絶体絶命の危機が!