フィードバック選択の判断材料

前回記事ではライティングなどのアウトプットへのフィードバックを、教師側に過度な負担にせず、生徒にアウトプットを課し続けるコツを紹介しました。本稿でも、引き続きライティングへのフィードバックを考えます。

ライティングへのフィードバック(以下FB)、とりわけ言語面での誤りに対するFBはWritten Corrective Feedbackと呼ばれ、第二言語習得や応用言語学の分野でこれまで盛んに研究がなされています。しかし、その複雑さゆえ、未だに最適なFBのあり方について十分な合意には至っていないようです。FBの種類とその特徴を理解し、教師自身が状況に合った適切なFBの仕方を選択するしかありません。

言語面での誤りへのFBの種類

大きく分けて直接的FBと間接的FBがあり、それぞれに細分化した分類があり得ますが、ここでは以下の3種類に分類して話を進めます。

  • 直接的FB:正しい表現を直接書き入れて与える

  • 間接的FB①(エラーコード):事前または事後に学習者に共通のコードを示し、FB時にはそのコードを書き入れていく(単語の選択間違いならWC、動詞の形の誤りならVF、など)

  • 間接的FB②(指摘のみ):エラーコードは特に与えず、誤りのある箇所を下線などで示すのみ

どのような状況ではどのタイプのFBを与えるべきか、教師の側は常に判断と選択を求められます。

FB選択の判断材料

アウトプットへのFBは非常に奥が深く、多くの要素が複雑に、密接に絡み合っています。主だった要素としては以下のようなものがありそうです。

  • 効果の側面(誤りを指摘/訂正した結果、どれだけ定着に結びつくか)

  • 情意の側面(フィードバックを受け取った学習者が、心理的にどうそれを受け取るのか)

  • 負担の側面(フィードバックを与える側の教師に、どれだけの負担がかかるのか)

効果の側面

言語面での誤りに対する指摘・訂正が学習者の長期的定着に結びつく可能性、すなわちFBの効果を考えたとき、望ましいFBの種類は学習者のレベルによります。

心理学やSLAの分野ではdepth of processingという考え方があるようです。文字通り処理の深さを意味しますが、簡単に言えば深い処理をした方が深い学びにつながり定着の可能性が高まるということです。

Depth of processingの観点から考えれば、下線などによる指摘のみのFBが、FBを受け取る学習者に最も深い処理を求めることになります。指摘された箇所がなぜ誤りなのかを自分で考えなければならないからです。逆に、正しい表現を与える直接的FBは、学習者は特に訂正方法を考える必要がないので、最も浅い処理で済ませることになります

ただし、同じFBでも学習者よって期待されるdepth of processingが異なります。指摘された誤りがなぜダメなのか、どのように直せばよいのか分からないレベルの学習者にとっては、間接的FBは意味をなさないでしょう。逆に、学習動機の強さによっては、直接的FBを受けたとしてもなぜその表現の方が好ましいのかを深く考える学習者もいるでしょう。

また、書き直し(revising)の機会の有無も大きな要素となります。特に中高の学校教育という現場を考えた場合に、書き直しを課すことがなければ多くの生徒はFBをもらって終わり、つまりFBの種類にかかわらず大して深い処理を行わない可能性があります。そうした場合には直接的FBを与えてしまった方が多少の学習効果が期待できるかもしれません。

情意の側面

学習者の心理的には、どのタイプのFBが最も効果的でしょうか。これは学習者の性格教師との関係性によるところが大きいでしょう。

多くの中高生にとっては、直接的FBを受けた方が「添削してもらえた感」があって嬉しいでしょう。ただ、これも生徒のレベル次第です。あまりにも多くの訂正を含んだ真っ赤なエッセイを返却されれば、アウトプットに対するモチベーションを保つことは難しいでしょう。

下線指摘のみのような間接的FBが成り立つかどうかは生徒教師間の関係性によるところが大きいと思います。関係性がまだあまり出来ていない時期には、下線のみで返却をしてしまうと「この先生はちゃんと読んでくれていない」のような印象を与えるかもしれません。関係を構築しながら、日頃から深い学習の必要性(depth of processing)とそのためには直接的なFBが必ずしも効果的ではないということを伝えていけば、徐々に間接的FBを好意的に受け取ることができるようになるでしょう。

負担の側面

FBを与える教師側にすれば、下線などの指摘のみで済ませるのが最も負担が軽いでしょう。ただし先述のように、指摘のみで済ませるのであれば生徒に深い処理をさせるために書き直しを課す必要があります。書き直しを課せばそのチェック業務もついて回るため、この辺りの考え方は難しいところです。書き直しを求めずに直接的FBで生徒の学びを期待するか、間接的FBを与えて書き直しによる学びの機会を設けるか、計画的な指導が求められます。

教師の負担は先述の情意の側面とも切り離せない関係にあります。FB業務のみを考えれば下線指摘のみが負担が軽いかもしれませんが、生徒との関係性が十分に構築されていなければ、生徒の側では「きちんと見てもらえていない」のような感情につながり、結果として教員には授業運営の面で別の負担が増す可能性があります。反対に、直接的FBを含めた丁寧なFBでもって生徒の信頼を得ることで、授業運営がラクになるという教員もいることでしょう。

計画的に適切なFBの選択判断を

本稿では、生徒のアウトプットにどのようなタイプのフィードバックを与えるべきか、その選択をする際の判断材料について考えてみました。

フィードバックは第一義的には生徒の学びのためにありますから、まず何よりもどのようなフィードバックが生徒の学習・定着につながるかを考えることになるでしょう。その際、学習者のレベルや課題の種類・設定に応じて、いかに深い学びを引き起こさせるかを考えるべきでしょう。

また、フィードバックを受け取る生徒の感情面も考慮して、適切なフィードバックを選択したいものです。特に生徒との関係性が十分にできていない年度当初の時期には、生徒との信頼関係やその後の授業運営に直結しうるため、慎重に考えて判断したいものです。

そして、どんなタイプのフィードバックを与えるにせよ、与える側の教師の負担が大きすぎては、ライティング課題を課すことを継続できなくなってしまいます(前回投稿「フィードバックのジレンマと負担軽減策(sustainableなフィードバックを)」参照)。学びや関係性の「費用対効果」も考慮したうえで、計画的に最適なフィードバックを与えたいものです。

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