過去の自分を捨てて、別人格みたいに新しく始めたつもりの自分、そんな日々。時々、捨てきれていないことに気づいて涙が溢れる。こんなに自分を犠牲にしているのにと思った途端に、相手への愛と憎悪がぶつかり合う。けれど外に吐き出せなくて、泣いて諦めて終わらせる。その繰り返し。私は平凡な人間で、夢なんて叶うものじゃないと言い聞かせて過去を捨てる。けれど、本当は叶いそうだったことを頭が分かっているから面倒で。「1人にしないで」「行かないで」と言われて夢を諦め後悔した私は、この先の人生で「1人
一つダメになったら、全てがだめになる。 本を読みながら、これ私みたいって思った。 何回か読み直して涙が止まらなくて。 居なくなった後も思ってくれる人がいるって幸せなこと。だけど、幸せそうでも、強そうでも、どんな人もそれぞれ抱えているものがあって、壊れるとか、崩れるとか、そういうの一瞬で。あっという間に消えてしまう。 最近、毎日のように雨だから、気持ちが落ち込みつつあって。なんかもう全部、「ここまでかな」ってポチって終わらせられたらいいなと思う。 私、38歳まで生きてるか
山の間から隣町の花火が見えて、母が車を停めた。車を停めてくれる母の、そういうところが好きで、どうせ生まれる運命なら、この人の子どもに生まれてきてよかったと思った。
中学生の頃、通っていた塾で知り合った洋子ちゃん。 塾にいる間だけ会える特別な友達。 ソウルメイトみたいに、すぐ仲良くなった。 親友になりたかったし、そうなれると思ってた。 「学校に洋子ちゃんがいたらなぁ…」と何度も思った。 部活も体育も休み時間も、 洋子ちゃんと過ごしたい中学生活だった。 当時はほとんどの中学生が携帯なんて持っていなくて、 気軽に連絡先を聞けなくて。 私が塾に行くのは、上のクラスに居たいのは 全部、洋子ちゃんがいるからだった。 ある日、急に会えなく
数年前、占い師に「髪は長くしておきなさい。短いのは良くない。」と言われてから、美容室に行く度に悩む。何が良くないのか分からないから怖い。 「そういえば、死にたいなぁって泣くことがなくなったな。」と思った。好きなラジオを聞きながら寝落ちしてるからかなぁ。仕事ばっかりしてるからかなぁ。 先月、小説を20冊買ったので、今月は1冊も買わないと思ってたのに今夜10冊ポチッとしてしまって良くないな。でも読んでるから。積んでないから。いっか。 昨日見た夢、すごく幸せだった。隣にいたの
タマネギは切っても切ってもタマネギのままで、 にんじんも切っても切ってもニンジンのまま。 きゅうりもじゃがいもも。 私の人生も進めども振り返れども私の人生のまま。 野菜みたいに一度に使いきれなくて目眩がしそう。 どこまでも私でしかなくて 誰かの人生の敷地にこっそり入ることは許されない。 野菜みたいに使い切りになりたい。
お菓子を2つ持って離さない子どもに、声を荒げて怒っている親。お菓子は1つというルールがあるのかもしれないけれど、そんなに声を荒げて怒らなくてもいいのに。 病院の待合室で聞こえた親子の会話。次の試合はレギュラーになれるかなと言う子どもに、あんたは無理かもねと言う親。 他人なのに、私の方が泣きたくなるよ。 私は親になったことがないから、育児の難しさは分からない。だけど、日常でそんな親子に遭遇するたびに辛くなる。自分たちの都合で、自分たちの意志で子どもを産んだくせにと思う。親
去年の下書き、ずっと更新したかったけど書いてみると生々しくて、心がウッと締め付けられて載せられなかった。 「もうダメだ。全部ダメだ。3ヶ月の療養期間のうち、1ヶ月が隔離生活で潰れてしまう。病院に行けない。どうすればいいのか分からない。時間がない、余裕もない。みんなが優しくて親切で、それなのに私は自分の心配をしていて嫌になる。隔離施設の部屋でひとり泣いてる。入院してから毎日泣いてる。そして隔離3日目、検査でコロナ陽性。飛行機でうつったのかなぁ。予約していたホテルより綺麗そうだ
「今年も終わる、早かった…」って毎年の1人恒例行事。 新しい仕事が始まった。久しぶりの社会人生活。 しかも日本で、あんなに嫌だった日本で、私は社会人で、会社員で、大人をやってる。 20代前半に好きなことを自由に選んできた代償のような、そんな1週間。日本で社会人として生きるための、年相応の基礎が備わっていないことを痛感した1週間。20代前半をリボ払いにした記憶は無いのに、20代前半の返済に費やされる日々になるのかもとすら思った。 そんな1週間だった。 やりたいことや好きな
働く目的の話。 給料が低くても好きな仕事をするのか、好きな仕事でなくても給料の高い仕事を選ぶのか。 友人とそういう話をした。 友人は、趣味や休日の充実を大切にしたいから休日に仕事を持ち込む仕事は嫌だと言った。その時の私は、給料が低くても好きなことを仕事にしたいと思っていた。休日が無くてもいいし、休日に仕事をしてもよかった。 けれど最近、30歳に近づくにつれて迷いが出てきている。何のために働きたいのか、何を目指すのかを見失っている。家族のそばにいたいのか、離れていても海外
中学生の頃、自分の気持ちを言葉にできず涙が溢れてしまう夜が定期的にあった。そんな日は夜中に家を出て1人でただ夜道を歩いた。夜道でも、1人でも、なにも怖くなかった。大人になって、今でも夜道を歩きたい日があるけれど、夜に1人で歩くことが怖くて出来なくなった。あゝ私はあの頃の強さを、夜の恐怖を得た代わりに失ってしまったんだ。 自分のスマホもパソコンも無かった中学生の頃、何かに迷ったときは図書館で調べるか、大人に聞くしか方法を知らなかった。自分の問いに答えがたくさんあることを知らな
親子なんて、たかが血の繋がりの関係でしかないのに。子育てなんて、賃金が発生するわけでもないのに。そして私は赤ちゃんでもないのに。 先週末、朝起きると冷えピタが貼られていた。母が「触ったら熱があったから」と言う。そして、カフェオレと果物をテーブルに置いた。こんなこと愛情がないとできない、でしょう?洗って、皮を剥いて、食べやすく切って、皿に乗せて、フォークも一緒に持ってきてくれる。私は、自分のために自分で用意するのもめんどくさいのに……と思いながら食べる。 つい、「お母さんっ
遠い未来のために良い社会を目指すより、自分のことだけを考えて生きている方が幸せそう。自分のことだけを考えて今を生きる方が、難しいことを考えるより軽く前に進めそう。 大人って、(女でも)年収500万くらいで、一人暮らししていて、欲しい時に欲しいものを買える。30歳くらいになったら結婚して、子どもを産む。そうやって普通に暮らす。子どもの頃は大人ってそんなものだと思ってたけど、全然違った。 私の世代は生まれてからずっと不景気で、物価は上がっても給料は上がらない。ニュースから聞こ
Twitterのトレンドに「国民年金」の文字。 老後は年金だけじゃ暮らせないらしい。 国民年金から介護保険や国民健康保険も引かれるらしい。そして、私たち20代は貰えるかも分からないらしい。 老後に2000万貯めておけと言われても…。 物価高で賃金上がらない重税国で、どうやって…。 いっそのこと、死ぬ権利を認めてもらえたらいいのに。私が「死にたい」と言ったら死なせてほしい。ちゃんと働いて納税するし、老後は誰にも迷惑をかけないように「死にたい」その時に死なせてほしい。 命を
途中に乗った夕方の電車は、 田舎なりにも混んでいて席が空いていない。 杖をつく祖母を見て若い女性が席を譲ってくれた。 次の駅で数人の老人が乗ってきても、 若いおじさんやおばさんは動かない。 加齢を前面に押し出して太々しく座っている。 さっきまで起きていたはずの若いおばさんに 思わず冷たい視線を送ってしまいそうになる。 老人が電車の真ん中で杖を頼りに踏ん張って立っているのに誰も席を譲らない。 「座っている全員が本当に席を譲れないのかよ」と 他人を疑い軽蔑してしまう。
スマートフォンがかなり少数派だった高校生の頃。 当時ガラケーに登録した友達の誕生日を、MacBookが通知として教えてくれた。 既に私の記憶から消えかけていた友達の誕生日。 10年が経とうとしている2022年の今日になっても、MacBookは未だ覚えているなんて。 感動と驚きと、ちょっとした恐怖。 そういえば去年、初めて持った携帯電話のSDを繋いでデータを移したことを思い出した。カレンダーには友達の誕生日が登録されていて、メールや画質の悪い写真も残っていた。保存されていた