木原事件 ある国会議員一家の事件簿(1)
この物語はフィクションであり、登場する人物は全て架空の人物です。
2018年2月、新たに警視庁捜査一課長に就任した大林氏は着任挨拶で「伝統的捜査方法と最新手法を融合した捜査を展開し、過去の未解決事件を全て解決する」とその意気込みを語りました。この方針は警視庁の本年度方針として現場に伝えられ、大塚署内でも未解決事件の見直しが行われてしました。そんな中、強行犯捜査係長の女性刑事はまだ未解決事件にもなっていない「捜査資料」がキャビネに置かれていることに気が付きます。箱に保存されていた写真の1枚には自殺の際に使用されたナイフが写っていましたが、彼女には刃や取手の血が拭き取られていて自殺としては不自然な感じがしました。更に捜査資料を見ると本件は自殺で処理されていますが、書類は正式に送検されていないようです。またナイフの形状も他の証拠写真の無惨な光景とは不釣り合いなものに感じられました。女性刑事から報告を受けた課長は刑事の疑問に納得すると、すぐに未解決事件を担当している本庁捜査一課特命捜査対策室特命捜査第一係(通称:トクイチ)へ連絡を入れました。数十枚の証拠写真を見ると遺体が動かされた時に出来る流動血の移動があり、血液の足跡が階段や廊下に見られ、滴下血痕も数カ所見られることから、どう考えても自殺には思われない状況でした。本件は早速、「事件性あり」として大林捜査一課長に報告されますが、同時にトクイチの初期捜査で被害者・吉田民雄の妻が現在、自民党の鬼原議員の妻であることも分かっていました。捜査資料をじっくり読み込んだ大林課長は本件が殺人事件であることを確信しますが、同時にこれは慎重且つ確実に捜査を進めなければならない案件だと自らに言い聞かせました。トクイチだけでは無理だと言う部下の意見に従い、捜査一課殺人犯捜査第一係(通称:サツイチ)から十数名が投入され、トクイチからは十数名、大塚署からも数名が参加する捜査本部に近いレベルの合同捜査チームが結成されることになりました。
4月8日に大塚署の女性刑事は吉田北永氏の家を訪ねます。「突然で恐縮ですが、民雄さんの件でお話があります」刑事は神妙な面持ちで話し始めました。「恥ずかしい話なのですが、民雄さんの件は当時不手際があったようで適正な捜査が行われていない可能性があります。ついては今回捜査一課と合同で捜査を再開することになりました」それを聞いた北永は当時の警察の不誠実な対応を思い出しながら半信半疑で「そうですか」とぶっきらぼうに答えますが、横に座っていた妻は「本当ですか!本当ですか!」とこの時を待っていたと言わんばかりに喜んでいました。女性刑事は写真を取り出すと「お父様、このナイフに見覚えはありますか?」と質問します。「なんですか、これは?」と北永が逆に質問すると刑事は「これが殺害された時に使われたナイフです」とためらいながら答えました。「違う!!こんなナイフではなかった!」少し上ずった大声で北永はそれを否定しました。「もっと太くてギザギザがあったし、取手は黒でした」女性刑事は納得したように「そうですか」と言葉を返すと「ところでお父様、民雄さんのDNAを採取したいのですが家に何か民雄さんの物はありませんか?」と聞いて来ました。北永はおもむろに立ち上がると民雄の祭壇に近づき、その後にある箱を引っ張り出し、中から血のついた洋服を取り出しました。「これは民雄が当日着ていた服です」とそれを手渡すと刑事は一瞬驚きますが、ポケットから手袋を取り出し慎重にその服を受け取りました。北永は民雄の血のついた服に刺激されたかのように次々と事件当時の話を始めました。警察に通報中に見た不審な人物のことや当時の警察が自殺と決めつけ、ろくに自分の言うことを聞いてくれなかったことなど積もり積もった鬱憤を晴らしているようでした。その間、妻は女性刑事にすがるように「お願いします!お願いします!どうか本当のことを教えてください!」と頭を下げ続けていました。
帰り際に刑事は「民雄さんの友人関係を調べたいのですが、卒業アルバムなどはありませんか?」と聞いて来ました。北永は高校の卒業アルバムを渡しますが、思い出したように部屋の奥へ行くと、押入れの中から民雄の葬式の時の芳名帳を取り出して来ました。「あの時は300人くらい人が来ていましたから、これが一番役に立つと思います」と刑事に渡すと刑事は「ありがとうございます。これなら住所も書いてあるので本当に助かります」と丁寧にお礼を言うと吉田家を後にしました。12年も前の事件で残された証拠と言えば数十枚の現場写真くらいです。女性刑事はこれから始まる手探りの捜査を思い浮かべながら多くの捜査官の待つ本庁へと車を走らせました。
(続く)