丸眼鏡と地味目のスカジャンが好きなグラフィックデザイナー・健次(32) 【 創作・読切 】
すがすがしい陽光だなあ。
マンションを出るとその季節らしからぬまぶしい光に包まれた。自分の気持ちとは裏腹な天気を若干呪う。早朝6時少し過ぎ、いつも会社への通勤路をぼんやりしながらウォーキングを意識して歩くのは、自分の仕事がデスクワークで運動不足になることを懸念しているからだ。
ああ、憂鬱だなあ、昨日した指示をちゃんと実行してくれているだろうか。
あの後輩は言っちゃぁなんだが、学歴はものすごいがそれ以外の部分は何らかの障害的なものがあるんじゃないかと思わせるほどの様子がある。やっちゃだめなことを理解しないはおろか、やったことに対して「だめだったんだ!」と反省することがない。回数的にもよく見てきたが、断言できる。
少しでも反省するしぐさをしてくれれば、こちらの対応も少し考えられるのだが、それがまったくなく明るく奔放なので指示したこちらが間違っていたのかと勘違いさせれてしまい、結果いくばくか自分が疲弊させられることがほんと困るのだ。自分の大事な仕事に影響する、進まなくなる。
さて、どうだろう。今日は指示した通りやれているかなあ。
ああ、やっぱり、期待通り、彼はできていなかった。
そうだよな、でも今日は彼に反省を促すのはやめよう。本来なら自分はフォローしてやり直しなりなんなりするところなのだが、それももうあきらめることにする。クライアントには申し訳ないけど、指示はきちんとしたんだ、そのていねいな様子は証拠としていろいろと残してあるしまあここは自分に被害が及ぶことはない、途中だろうが、完成度が悪かろうが、そのまま出してやろう。ジャッジをしないってだけだ。
いくら自分が先輩だからと言って、彼のデザインやら仕事の進め方やらを、コントロールすることはまず無理だよなぁ。それに自分じゃないほかの先輩たちみんなで彼に何かを指摘してくれたところで、そのこともまったくなんでなのか分からないだろうし。まあ、一度でも何度でもこっぴどくクライアントに怒られればいいんだ、仕方がない。
同僚や後輩のためにとか、会社の信用のためにとか、そういうことを考えていろいろ心を配ったところで、その地味な成果については誰も賞賛してくれるところではない、と教えてくれたのは昨年リタイアした大先輩だった。そうか、もっと別な目立つ観点で手柄を立てなければ意味がないのだな。
それをきちんとかみ砕いて理解するためにはかなりの時間がかかった。誰かのための予防策は無駄、そう後輩の彼が真に自分に納得させ、体現させてくれる唯一の人物になったということなんだな。
彼へのこのいわゆる放置的プレイは功奏することとなった。彼は異動になり機械的に業務を行う部署で生気を失ったようにして黙々と働いている。え、気の毒だって? いやそうは思わない、むしろ良かったかもしれない。仕事は奔放に行うものでなく、結構裏では歯を食いしばって日々緊張感を持って、関係各所に気を配り対応するものだからだ。
機械的に、決められた手順をひとつひとつ守って、さらに禁止動作をしないことに配慮し、生産現場で作業をすることの方が、彼には合っていたんだと思う。失業することなく、彼が会社員として頑張っていることにかえって安堵している。
しかしその一方で、また自分は後輩を満足に育てることはかなわなかったことに気が付いた。先輩と自分のような、自分と後輩の関係が作れることに実は憧れていたのに、その理想にはたどりつけてはいない。彼が新人として採用されたことを考えれば、ウチの人事と上司はセンスがないのだから、今後もいい人財が入ってくることは期待できないだろう。デザイナー枠の募集は毎年とは限らない、先輩方が独立したり転職したりして欠員が出たときだけだから、しばらくはどんな新人の面倒を見ることはないと思う。
帰路につきながら、日が落ちた5月のビル風を頬に感じて少し寂しい気持ちがこみ上げる。自宅に着いたら部屋をぬくぬくに暖めて冷たいビールを飲み、今夜もまた明日するデザインの構想でも練ろうかと考え直し、歩みを速めた。
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