憐れみの3章を観た

-視聴後の感想なためネタバレを含みます-

憐れみの3章(英題:KINDS OF KINDNESS)

概要
ヨルゴス・ランティモス監督(代表作:「ロブスター」、「聖なる鹿殺し」など)が「哀れなるものたち(2023)」エマ・ストーンらと再度タッグを組み製作された、3章からなるオムニバス映画。


 金曜の夜、暇な夜に嫌気がさしてレイトショーにて突発的に鑑賞。
「哀れなるものたち」は未鑑賞で、あまり事前情報を入れずにyoutuveで予告動画(Sweet Dreamsの曲が素晴らしい)を視聴後、映画館へ向かった。3時間の映画であることに直前で気づき、慌ててトイレ対策をした後に席についた。

 全体的な感想としては、ヨルゴス氏の独特の世界観と節が静かながらにも炸裂していて面白かった。3章とも愛を確かめる者たちの話を描いているように思えた。


 特に、個人的には1話目の「選択肢を奪われ、自分の人生を取り戻そうと格闘する男」の話が好みだ。レイモンドから服、食事、セックスに至るまでの指示を受け生きていた男が、一度要求を拒否したことにより、自由を取り戻す。
 ここまで文体にすると、男が自由になってハッピー!となりそうだが、支配されていた男が急に自由になった後の喪失感、自分の意思が分からなくなる焦燥感はまさにアダルトチルドレンのようでもある。
 話のラストでは、自由よりも支配されることの安心さ、支配者からの愛情を求める男の姿は面白いなあ、と思ってしまった。


 2話目「海で失踪し帰還するも別人のようになった妻を恐れる警官」の話は一番ラストに驚いた話ではある。最後のリズが本物か?妄想か?ということが考えても結論が出ない。
 ただ、どちらにしろ、帰ってきたリズがロバートの酷な要求にあまりにも献身的に応えたことは事実であり、最後までロバートは帰ってきたリズを偽物として扱い続けている。
 「お前が俺を愛しているならこれぐらいできるだろ?」と言わんばかりのロバートにリズが尽くしているのにも関わらず、信頼関係は築けていない。共依存な関係になっているが、結局最後はロバートは〝自分の理想のリズ〟を選んだのであり、今までの献身は無駄だったのだ、と思えて哀しくなってしまう。

 3話目、「卓越した教祖になると定められた特別な人物を懸命に探す女」はエミリーの使命を達成したという高揚感のあるダンスと後ろに攫った女がだらりと車椅子にいる対比が、奇妙で犯罪的で面白い。激しい駐車シーンにも毎回笑ってしまう。
カルト集団の最終的な目的も、双子の片割れが自ら命を絶った理由も分からない。盲信と言わんばかりの根拠のない行動力だが、そこまで切実に求めていた教祖はあっけなく事故で(おそらく)亡くなった。
 信じていたものが実在すると、希望を持った人達はそれが失われた後、また新たな教祖を求めるのか、絶望するのか、そこも観たいなと思ってしまった。
 カルト集団はオミとアサの涙が含まれた水を清らかなものとして扱っていたが、ルースの涙が流れるラストで終わったのは、命が流れるメタファーなのか、やはりルースこそ清らかな教祖たる存在を示したものなのか、色んな人の意見を聞いてみたいなと思った。

余談
「聖なる鹿殺し」でも「最も汚らしい食べ方のスパゲッティ食事シーン」が出てきたが、ねっとりとした音でオレンジを絞るシーン、生理の話をした後に赤いスープを鍋から大量に取り出すシーンなど、まさに「食事をここまで不快に面白く撮るのか」ということにかけてこの監督を信頼している。やはり、映画は映画館で観るべきだな、と思わされる映画である。
 また、愛はエゴだと個人的に思っているので、この映画はそれを体現したような話ばかりで面白かった。パンフレットのデザインも逸材で思わず購入してしまった。ポスターよりも好みなので、是非映画館などで見てほしい。

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