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無音の叫声、惨めな独白
仕事終わりに独り、電車から見える夜の景色を、私は何も考えずに眺めていた。
つい1時間ほど前まで都会にいたはずなのに、すでに外の景色は、街頭が疎らに立つだけの田舎の景色に変わっていた。
その景色に透けるように、私の顔がぼんやりと映る。
口は半開き、目は虚ろ。
イヤホンの繋がったその顔は、まるで充電がもうすぐ切れるであろう、量産型のアンドロイドそのものだ。
私の心臓は一体、何のために一生懸命動いているのだろうか。
イヤホンから流れ出る、ロック調に飾られた世の中の不平不満は、一体私の何を刺激しているのだろうか。
私の中の未来地図は相変わらず白紙で、それをぐしゃぐしゃに握りつぶしては広げてを繰り返したせいか、しわくちゃで見すぼらしくなってしまった。
最寄り駅に到着し、私は電車を降りる。
私と同じく降りる人たちは、みな小さな画面をぼんやりと眺めていて、電灯に照らされた影はゆらりゆらりと揺れていた。
いつもなら、その人の波の飛沫となるが、今日は何故だか黄色い点字ブロックで立ち止まっていた。
電車はとうに次の駅へと発車してしまっている。
停止線の前に描かれた、小さな白い靴跡に自分の足を重ね、私は大きく深呼吸をした。
私がここから飛び降りれば、きっと自分の生きている意味が分かるだろうか。
この一生懸命動いている心臓の音色が、心地よいものになるだろうか。
目頭がだんだんと熱くなり、視界が水の中へと沈んでいく。
ぼんやりとした不安が、私の背中をそっと撫で、「痛くないよ」と優しく囁いた。
遠くから、電車の汽笛が聞こえる。
あぁ、私は。
電車が目の前に到着した。
扉があき、降りる人たちは、私を訝しい目で見つめた。
結局、私には足を踏み出す勇気はなかったのだ。
とぼとぼと階段を登り、改札口を出る。
外は街頭がぽつぽつとあるだけで、虫の声だけが響く夜の闇が広がっていた。
いつもの帰り道。
私が行き来した足跡が、星の光によって、ぽうっと浮かび上がる。
いくつもの、苦しくて彷徨い、悩み走った足跡がそこにはあった。
私はその足跡を上書きするように、涙ながらに踏みつけながら、その上を歩いて行った。
がちゃりと家の扉の鍵を開ける。
「ただいま」という乾いた声が、真っ暗な部屋に木霊し、消えていく。
靴を脱ぎ捨て、ソファーにバッグを投げ、ベッドにスーツ姿のまま飛び込む。
今日は嫌に疲れた。
私は少しだけと、ゆっくりと目をつむると、だんだんと夢の中へと浸っていった。
◆
目を覚ますと、すでに時間は2時間を過ぎていた。
スーツには皴が付き、口元にはよだれの跡がついている。
明日が休みだからいいものの、仕事だったら私は間違いなく体調不良だと言って休んでいたかもしれない。
私はスーツを脱ぎ、部屋着を持つと、そのままお風呂場へと向かった。
簡単にシャワーをすませると、カップラーメンに作っておいたお湯を注ぎ、それを夕食として頂いた。
一息をつき、私は机の上に置いてあった読みかけの小説に手を伸ばした。
栞を差し込んだページから、一ページ、また一ページを読み進んでいく。
生まれ持った美貌で自由奔放に生きる主人公が、だんだんと破滅へと向かっていく様は、まるで私を映しているようで、その物語にのめり込むほどに、私を少しづつ蝕んでいった。
思い返した過去の幸せには、すべてにモザイクがかかっている。
手の内から零れ落ちてしまったその幸せとやらを、今更になって何度もつかみ取ろう藻掻いてみるが、それはシャボン玉のようにぱちんと弾け、跡形もなく消えていく。
幸せを食べつくした、我がままに生きた私への報いなのだろうか。
今や私の感情とも呼べるものは、穴の開いたタイヤから漏れ出る空気のように、私の口から不格好極まりなく流れ出している。
スマホの写真を見返す。
捨てられずにいたアルバムの中には、幸せそうに笑う私と、2年前に別れた彼氏が映った写真が残っていた。
将来のことなんて、どうにかなると思っていた。
神様が幸せのサイコロでも振って、1でも6でも、人生を前に適当に進めてくれるものだと盲信していた。
なんて馬鹿なのだろうか。
私は何一つ、彼の悩みも不安もくみ取ってあげることは出来なかった。
私の幸せはあなたの幸せだからと、まったく理不尽でめちゃくちゃな幸福論を、子供のようにせがみ続けたせいだ。
今でも別れを信じられない私が、亡霊のように部屋の隅で突っ立っている。
「彼のせいだ、彼のせいだ、彼のせいだ」と、毎夜毎夜ぼそぼそと呟いては、情けなく泣いているその姿に、私はずっと目を逸らしていた。
忘れたいと何度も思った。
それでも、彼の名を呼び続けて裂けた喉の痛みが、未だ疼痛として残っている。
辛いと叫びたい。
苦しいと叫びたい。
寂しいと叫びたい。
会いたいと叫びたい。
息を吸い、言葉を出そうとするも、喉に激痛が走る。
忘れられないままでいる子供の私は、この痛さに声も出せずに泣き、夜に灯る満月に、惨めな独白を小さく呟いていた。
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