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静 霧一 『感染性バレンタイン失恋症候群』

 
「ねぇ、昨日彼氏と別れちゃった」
 あっけらかんとした表情で咲はランチのサラダを頬張った。

「仲良かったんじゃないの?」
 私はそのあっけらかんとした咲の表情に、唖然とした。

 ついこの間まで、「智くんと旅行に行ったー」とかSNSに上げていたはずなのに、急に別れたなんて口にするということは、何かよからぬ問題でも起こったんじゃないかと私はそわそわしてしまう。

「昨日、バレンタインだったじゃん。ちょうどいいかなって」
「ちょうどいい?」
「なんかね。ここ最近、つまらないなぁって感じてたし」
「たったそれだけ?」

 私は咲の言っている意味を理解することができなかった。
 確かに、私だって彼氏と付き合い始めて2年経つが、時折、つまらないと感じることはある。
 だがそれは、一時的なマンネリというものであって、裏を返せば信頼をしている証とも言える。

 咲は、同僚の営業社員である智と付き合っていた。
 3年ぐらい経っていたと思うが、今更になって、なぜ「つまらない」と言い出したのだろうか。
 そもそも3年もの期間を「つまらない」という言葉で帳消しにできるほど、彼女の愛というものは薄っぺらいものだったのだろうか。

「うーん。それだけってわけじゃないんだけどさ」
 咲はフォークでパスタをぐるぐると巻きながら、頬杖をついてため息を吐いた。

「じゃあ、どうして」
 私は前のめりになって、真意を問いただした。

「わたしもね、最初は一時的なマンネリかなって思ってたけど、ちょっと違うなって思って。マンネリは信頼の裏返しだなんて言うけど、もう信じられないっていうかなんていうか」
 ぐるぐると巻いた咲のパスタが次第に大きくなっていく。

「それってどういうこと?」
 私の背筋に冷たい汗が滴る。

「昨日、せっかくのバレンタインだったからさ、結構有名なお店のいいチョコレート買っていってあげたんだけどね。智のやつ、"え?そんな高いの買ったの(笑)"だってさ。もう、怒るの通り越して呆れるというか。ちょっと高めの義理チョコあげた祐一くんなんて、"ありがとうございました!"ってお礼のためだけに夜電話かけてきたんだよ?祐一くんのほうが4歳も年下なのに、智のぐーたらさ見てると情けなくなっちゃって。私も27歳だから、そろそろ結婚考えなきゃいけないけど、智といると一生こいつの面倒見なきゃいけないのかって思えちゃってさ。だから別れたの」

 咲はパスタを口の中に頬張った。
 その表情はあまり美味しそうな顔をしてはいなかった。
 咲は、そんなに短絡的に物事を考えるタイプではない。
 きっと、前々から思うことがあって、今回のバレンタインで、ぎりぎり保っていた赤い糸が千切れてしまったんだろうなと私は思う。

「ねぇ、朱里はどうなの?」
「私?私は……」

 ふと、私は昨日のバレンタインを思い返した。
 手作りチョコが苦手な私は、デパ地下で見栄えが良さそうなチョコを彼氏に渡した。
 彼氏は"ありがとう"と言って、受け取ったが、不思議とそこに嬉しいとか好きだとか、そういう明るい感情が私に湧いていなかった。
 いつも通りのバレンタイン。
 ただお金をチョコレートに変えただけで、果たして愛などというものは伝わるのだろうか。
 実際、私は彼にとチョコレートの感想すらもらう気など起こっていなかった。
 本当にマンネリというのは、信頼の証なのだろうか。

 それに私は知っている。
 彼氏が、他の女の子からチョコレートを貰っていることを。
 それをわざわざひた隠すようにそわそわしていて、彼の後ろ姿にため息が漏れだした。
 情けない。
 咲のいう言葉が少しづつ、私に感染していく。

「大丈夫?」
 咲は私の目の前で手を振る。
 昨日のバレンタインを思い返していたせいか、数秒フリーズしてしまったようであった。

「ううん、大丈夫だよ。ごめんね」
「もー、最近ボーとしてること多いよ朱里。彼氏と大丈夫?」
「大丈夫―――」

 私の口から無味無臭の言葉が漏れた。
 あぁ、そうか。
 バレンタインで舞い上がっていたのは、私だけだったのか。
 馬鹿馬鹿しい。

「私も、別れようかな」
 私は笑いながら口にした。
 その言葉は、とても甘い、チョコレートの味がした。

 おわり。



 男性のみなさん。
 バレンタインの受け取り方にはお気をつけて。


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静 霧一/小説
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