山本じん|薔薇色の跳躍
銀筆画をご存知だろうか。硬い金属の尖筆を支持体に擦り付ける描画法は、鉛筆が登場する前の15〜16世紀の素描に多く用いられた。その中でも銀の尖筆を用いた銀筆画は、繊細で精緻な描線を以って数々の優れた作品を現在に残している。
レオナルド・ダ・ヴィンチも多くの傑作を残したこの技法を、現代に甦らせた第一人者である山本じん。1995年に自ら研究・再現した銀筆によるドローイングを発表してから、日本に於ける銀筆画の第一人者として活躍している作家である。
細い細い細い線の連なりが、空間を埋める。いや、その線は空間から形を削り出しているのだ。形は最初から支持体に埋め込まれている。山本じんの銀筆は、隠された形を探り、濃淡の光と闇のさなかに炙り出す。
描き直すことも消すこともできない。幻想的と言うにはあまりにも確信に満ちたその線は、理性と感性のはざまを切り裂いていく。
ペン先の銀は支持体に削られ付着する。そして時間経過と共に酸化することでやがて褐色を帯び、過ごしてきた時をその色に内包するのだ。
ベル・エポックのパリを席巻したバレエ・リュス。その舞台でテオフィル・ゴーティエの詩を元にした『薔薇の精』は初演された。
ニジンスキーが着用したレオン・バクストの衣装は紫の薔薇の花片で覆われていたが、山本じんが描く薔薇の精はトウシューズの代わりにほころびかけた蕾を纏う。こぼれ落ちるのは朝露か。
稀代のダンサーを一躍時代の寵児に踊り出させた、牧神の蹄をも連想させるその足先。足首を覆う萼は炎のように揺らめく。両手に食い込んだ薔薇の棘は踊り手を絡め取り、薄紅に染まった血肉を宿す。
最後の飛翔は翼となり、鮮やかな旋風を残して虚空に消えた。
トウシューズのつま先に跳躍と回転が集約されるバレエと同じく、銀筆の硬く尖ったその先の一点で、山本じんは広大な世界を支えている。
肉体と精神の動的な躍動が静止したその一瞬に、創作の真髄が出現し結実する。
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作家名|山本じん
作品名|Je suis le spectre d’une rose(私はバラの精)
銀筆(足先にややピンクの彩色)・板にややピンクを混ぜたジェッソ下地・フランスアンティーク額
作品サイズ|17.8cm×12.8cm
額込みサイズ|38cm×30cm
制作年|2018年
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