鳩山郁子オマージュ展 《羽ばたき Ein Märchen》 |黒木こずゑ|全ては永遠のように
Text|高柳カヨ子
紙に描かれた絵は平面である。
黒木こずゑは、魔術的な手際でその平面を切り抜き組み合わせ、立体に仕立ててしまう。それは単に立体的に見えるという意味ではない。画面のずっと奥へ、さらに外へ、物語が続いて見えるのだ。
時空を超えて額の中に浮かび上がるのは、飛翔を熱望した少年と残された夢の物語。
取り残された少年であるキキ。ジジに憧れいつまでもその傍らにいたいと願ったキキ。彼は最後までジジの夢には入れなかった。
キキが社会の枠の中に生きる普通の少年である以上、枠の外に生きるジジを理解することはできない。縄をほどいたキキの手をすり抜けて、ジジは誰も手の届かない空へと飛び立ってしまう。
抜け殻のジゴマの扮装を抱いて、キキは立ち尽くす。置いてきぼりにされた彼は窓の外の世界には出られないまま、これからも生きていかざるを得ない。
泣き腫らしたキキの目には、ついに追いつけなかったジジの残像と幻の羽ばたきがいつまでも焼きついたままなのだ。
愛らしい少女の格好をしていても、少年の目は孤独と怒りに満ちている。
ファンタジーランドを足元に踏み敷き、ローラー・スケートの轟音を千羽の鳩の羽ばたきに変えて、ジジはこちらを見据えている。その眼差しの強さに射抜かれたように、一陣の強い風のあと時が止まる。
齧られた林檎。撒き散らかされた鳩の糞。夜の世界を撹乱するジゴマ鳩の存在をその背後に従え、昼の世界を可愛らしい少女装で闊歩するジジ。彼は喧騒の中にあっても常にひとりきりだ。
鳩たちを唯一の理解者として、群れることを拒み、ひとりで飛び去ったジジの魂の在りようを、黒木こずゑは永遠に閉じ込めた。
不自由な現実から逃れ、全てのしがらみをふりほどいて、大空に飛び立ったジジ。
U塔からの飛翔は、現実では無慈悲な墜落への帰結を迎える。だが常にジジとともに在り彼のあとを追って墜ちた一羽の鳩、彼を見守る母の魂のようなその存在が、少年を天へと運ぶ。
現世では少年を取り巻くように守っていた鳩たちが、いまや喜びに解き放たれて彼の周りを自由に飛び交っている。
天使の群になぞらえた鳩たちに包まれたジジの姿は、祝福された昇天のようだ。
全ての画面の背後には、舞台を思わせる一対の幕が描かれている。
それは堀辰雄がこの『羽ばたき』に「Ein Märchen」という副題をつけたのと同様、これらの作品が普遍的な寓話であることを象徴している。
鉛筆と透明水彩が淡くにじむ黒木こずゑの作品に出会うとき、その永遠に似た奥行きの中に満ちている無数の鳩と少年の羽ばたきに、あなたは気付くことだろう。
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黒木こずゑ |画家 →Twitter
鉛筆に透明水彩を用い、主に幻想的な少女をテーマに絵画を制作。2005年個展「夜の足音」(Glamorous Area)、2010年個展「夜のためいき」(ギャラリィ亞廊)、2015年個展「夜のまたたき」(バブーシュカ)2018年個展「夜のあしあと」(バブーシュカ)他、グループ展多数参加。 最合のぼる著「真夜中の色彩」「羊歯小路奇譚」「オッド博士のマッド・コレクションズ」「暗黒メルヘン絵本シリーズⅠ一本足の道化師」の挿絵。近年はテキスタイルの図案提供なども。
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高柳カヨ子|精神科医・元法医学教室助手・少女批評家 →note
東京上野で生まれ育ち、東京理科大学理工学部応用生物科学科・信州大学医学部医学科卒業。法医学教室でDNA鑑定を専門とした後、精神科の臨床に進む。Bunkamuraギャラリー「新世紀少女宣言」キュレーション/『夜想ーゴス特集』インタビュー/『夜想ー少女特集』評論/『S-Fマガジンー伊藤計劃特集』アーバンギャルド論/パラボリカ・ビス「アーバンギャルド10周年記念展」キュレーション/gallery hydrangea 「『少女観音』〜12人のアーティストが描く篠たまきの幽玄世界」キュレーション。
あらゆる時代と時間を超えた少女たちに捧げる少女論「少女主義宣言」をnoteにて連載中。霧とリボン運営の会員制社交クラブ《菫色連盟》にてトークサロン「少女の聖域」を主宰、「少女性」をテーマに展覧会《少女の聖域》を定期開催している。
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作家名|黒木こずゑ
作品名|キキ
鉛筆・透明水彩・水彩紙ほか
作品サイズ|17cm×12cm
額込みサイズ|21.8cm×16.8cm
制作年|2021年(新作)
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作家名|黒木こずゑ
作品名|ジジ
鉛筆・透明水彩・水彩紙ほか
作品サイズ|17cm×12cm
額込みサイズ|21.8cm×16.8cm
制作年|2021年(新作)
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作家名|黒木こずゑ
作品名|鳩たち
鉛筆・透明水彩・水彩紙ほか
作品サイズ|17cm×12cm
額込みサイズ|21.8cm×16.8cm
制作年|2021年(新作)
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