鳩山郁子オマージュ展 《羽ばたき Ein Märchen》 |川島 朗|想起と伸展
Text|高柳カヨ子
箱の中の宇宙。そこには記憶が眠っている。
誰の?
もちろん、あなたの。
川島朗は多彩な手法をコラージュする。
アンティークの手紙や写真、金属や木材といった素材を組み合わせるだけでなく、描く・塗る・切る・貼るなど複数の手法自体をコラージュすることにより、箱の中にひとつの世界を創り上げるのだ。
ボックスオブジェというこのアート作品は、箱という閉鎖空間の中に無限の可能性を秘めて佇んでいる。
そして我々が箱を覗き込むことで、そこに封じ込められた時間と空間は解凍され流れ始める。
少年は羽ばたく。大空に向かって、自由を目指して。
助走の速度を上げて一気に飛び上がれば、その身体は翼に変じて空へと舞い上がる。鏡の迷宮から、束縛する縄から、するりと逃げて、少年は羽ばたく。眼下に見下ろすU塔には、もう誰もいない。
ローラー・スケートで一気に加速して、千羽の鳩とともに飛翔したジジは、果たして天使になれたのだろうか。
赤く燃え立つ少年の熱情が次第に青く澄んだ空の色に移り変わる、4枚のカード。最後のカードに描かれた、画面から浮かび上がり今しも飛び去ろうとする鳩のシルエットは、飛ぶことに憧れ続けた我々人類の記憶そのものかもしれない。
漆黒の画面に浮かび上がる箱の中の世界は、川島朗自身の撮影によるものである。
影が生み出す巧みな演出は、作品の質感や手触りそしてその空間の奥行きまでも、あなたの眼前に現出させてくれるだろう。
千羽の鳩はいっせいに飛び立っても、いつしかまたU塔に帰ってくる。
しかしジジは飛び続けることを選んだ。格子が嵌った窓越しに見えるあの青空へ、どこまでも高く飛翔することを。
ジゴマになりたかったジジ。ジゴマになれなかったジジ。壁に貼られたポスターは、社会から存在を抹殺された少年のせめてもの抵抗の証。
川島はジジの孤独と飛翔への思いをこの白い小部屋に封じ込めた。そこに確かに鳩が存在していた印として、壁に取り付けられた木組に点々と付いた跡。いつか鳩とともに羽ばたく時を夢見て窓から仰ぎ見た青空に、ジジはその日飛び立った。
残された一枚の羽根は、少年の夢の残滓なのである。
永遠に飛び続けることなどできないことはわかっている。
それでも少年は落下を恐れず、空への想いを胸に飛び立つ。
その少年はもしかしたらあなただったかもしれない。川島朗が箱の中に封じ込めた記憶が、いま甦る。
小さな宇宙の中には、膨大な夢が畳み込まれている。
それを想起し伸展させ自らの記憶としたとき、物語はまた動き出すのだ。
会場写真|霧とリボン
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作家名|川島朗
作品名|メタモルフォシス(飛翔する鳥)
ミクストメディア
作品サイズ|21.8×39.8×9.2cm
制作年|2021年(新作)
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作家名|川島朗
作品名|時のとまり木(追想の羽根)
ミクストメディア
作品サイズ|27×19.4×9cm
制作年|2021年(新作)
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