見出し画像

ヒルデガルトの小径|鉱物Bar by 鉱物アソビ|鉱物と薬を巡る旅

「ヒルデガルトの小径」連動企画『鉱物薬局』ヴィジュアル
1730/40年代の調剤台を含む、
当時の典型的バロック様式の一般薬局を再現したもの。
ハイデルベルク薬事博物館 収蔵

 鉱物の買付や鉱物遺産巡りの旅と称して鉱山など鉱物スポットをまわっているうちに、ふと街中の何てことのない調剤薬局に鉱物が飾られていることに気づきました。それも一軒だけでなく、国もエリアも違う街でしばしば。

大きな水晶がさまざまな時代の標本瓶と一緒に
ディスプレイされている薬局のウィンドウ

 さらに、オシャレなオーガニックコスメも扱うようなモダンな薬局には鉱物入りのウォーターサーバーが置かれていたり、ルース(鉱物を磨いたもののこと)のガチャガチャを設置をしている薬局まであったり。
 「なぜ普通の薬局に鉱物があるのだろう?」
 それが鉱物と薬、ひいては鉱物とヒルデガルトの関係について知ることとなったキッカケでした。

 ヒルデガルトは多彩な才女で、なかでも大きな功績として語られるのが「ドイツ薬草学の祖」といわれるように、薬草治療や宝石治療を提唱し、薬学医療の発展に影響を与えました。

 薬草は東西問わず薬の材料として用いられてきたことは、皆さんもご存知かと。でも一方、鉱物が薬となることに意外に思う方もいらっしゃるかもしれません。古代より様々な鉱物が薬として用いられてきた事実があります。紀元前1600年古代エジプトではパピルスに薬の素材として、銅、鉄、水銀、マグネシウム水酸化物、アルミニウム水酸化物などの名前が記されていたとか。とはいえ科学が未発達な時代。どのようにして薬効の知識を得たのでしょうか?

 最初は古代ローマ時代にプリニウスがまとめた『博物史』のように神話的な伝承や経験則から。やがて古代エジプトから始まりアラビアを経てヨーロッパに広まった錬金術などを通して、先人たちが命を張った実験研究をしてくれたおかげです。だから薬に因んだ物として、ドイツ薬草学ヒルデガルトの提唱した物として、薬局に鉱物が色々あったのです。
(想いおこせば確かにドイツ語圏の薬局に多かったと納得)

紫水晶、硫黄、瑪瑙など各種鉱物が
現在販売されている薬と一緒にディスプレイされている
ハイデルベルク大学薬局

 ではヒルデガルトが提唱した宝石(鉱物)治療はどんなものだったのでしょうか?

 宝石には7つの力(空気・火・土・水の四元素と、神・精霊・イエスキリストの三位一体)が宿っていると敬虔なる彼女は考えていたそうです。特にヒルデガルトが重要視した鉱物としては「水晶・紫水晶・玉髄・紅玉髄・緑玉髄・ブラッドストーン(血玉髄)・碧玉・瑪瑙・紅縞瑪瑙・エメラルドなど緑柱石・ルビー・サファイア・トパーズ・ジルコン・ペリドット」などがあります。
*書籍によって宝石23種とするもの、12種とするものがあるようです。

治療方法として提唱していたのが主に四つ。
【1】身につける
【2】宝石を入れた水やワインを飲む
【3】宝石を用いて患部や肌をマッサージする
【4】唾液につけた宝石でマッサージする

 これらヒルデガルトが提唱した宝石治療は、もちろん現代科学・医学からみれば薬としての科学的な根拠・薬効は全くないものです。
 ヒルデガルトが生きた12世紀当時の宗教観やプリニウス『博物史』から続く西欧的伝承など知識人の教養をベースとしていたと理解ください。

ドイツ・バーデン地方シュヴァルツァッハにある
ベネディクト派修道院1724年頃のバロック様式の調剤室。
ドイツ・ベネディクト派は
ヒルデガルトも所属していた修道院の宗派。
ハイデルベルク薬事博物館 収蔵

 では、本当に薬効ある薬としての鉱物は、どんなものがあったのでしょう? そこで向かったのがハイデルベルクにあるドイツ薬事博物館です。1938年に設立以来、薬の素材、薬瓶はじめあらゆる薬容器、救急箱のような携帯用薬箱類、薬の製造・調剤のための道具類、調剤や販売の場としての各時代の薬局そのものまで、薬にまつわることなら何でも収蔵している類稀なる博物館です。

手吹硝子に美しくエナメル彩色された薬瓶。
薬は現代以上に遥かに貴重で高価なもの。
悪用されないよう、きちんと薬学知識がある者だけが使うため、
あえて薬名を瓶に記さず錬金術のシンボルマークのみで
何の薬か分かる人だけに分かるようにしていたそう。
ハイデルベルク薬事博物館 収蔵

 なかでも圧巻なのが、17~20世紀に実際、薬の材料としていたものを各ジャンルごとにまとめた『マテリア メディカ』展示室。アーチ形の展示棚毎に素材(例えば植物なら葉、花弁、種子、根、樹脂のように細かく分類)と、薬剤を保管していた容器類(木製、パピルス、陶磁器、ガラスなどこれまた多種多様)と一緒に展示されています。

17〜20世紀に薬の材料となった世界最大規模のコレクション
「マテリア メディカ」のなかの鉱物コーナー一部
ハイデルベルク薬事博物館 収蔵

 大半が植物系で、動物系(ユニコーンの角など伝説上の動物含む)が10~20%、岩石・土壌・金属・鉱物系は多くはないものの医師パラケルス(1493/1541年)以降、大きな関心を集めるようになったとか。

SULPH=硫黄、CINAB=辰砂と書かれた薬瓶。
特にSULPHと書かれた瓶が複数あり、
古くから薬としてよく使われていた歴史を感じる。
ハイデルベルク薬事博物館 収蔵

 最後に、拙店 #鉱物Bar でも観られる鉱物で、実際に薬の材料となってきた歴史あるものを簡単にまとめてみました。

【硫黄】4000年以上、薬に用いられてきた歴史あり。血液を綺麗にしたり肝臓の冷え、皮膚疾患などに。
【重晶石】胃がん検査で飲むバリウムの主要鉱物
【苦灰石】カルシウムやマグネシウムを含むので栄養剤として。アルコールの取りすぎ緩和にも。
【緑閃石】カルシウム、マグネシウム、鉄を含み強壮剤や筋肉の緊張痙攣の緩和
【赤鉄鉱】古代から鉄の主要鉱。鉄成分豊富なことを活かし肝機能の助け、血液を強くする、止血剤などに。
【岩塩】人間が生きていくために必要不可欠な塩化ナトリウムなので、脱水症状、目の洗浄、うがい薬などに。
【石英(水晶)】水晶、紫水晶、ローズクォーツなど石英はシリカの主要鉱。止血、過労による衰弱、副鼻腔炎、偏頭痛などに処方

写真左シャーレに置かれているのが硫黄の原石。
温泉大国・日本でも馴染みある鉱物の一つ。
ハイデルベルク薬事博物館 収蔵
AERUGO=緑青と書かれた木製薬壺と
おそらく胆礬と思われる青色結晶など銅を含む鉱物類コーナー。
ハイデルベルク薬事博物館 収蔵
孔雀石、瑪瑙、ルビー、紫水晶など
薬の材料として実際つかわれていた鉱物。
現在も一般的調剤薬局として営業している
オーストリアの何百年も続く個人経営の薬局より。

 これらは薬とされてきた鉱物のごく一部。そして、薬効もあるというのは数多ある鉱物の魅力の一面的なもの。
 ヒルデガルトの宝石治療を、現代科学・医学・薬学の視点からみれば実に非科学的な似非薬学です。でも、はるか昔に生きた彼女はじめ先人たちから受け継いで、今を生きる私たちの暮らしが確かに在ると、鉱物を通して実感するのです。

ヒルデガルトが治療のために提唱した宝石や、
実際に薬の素材として使われてきた鉱物種を紹介している
6月の鉱物Barカウンター席ショーケース。
それを観ながら、ヒルデガルトの宝石×薬草治療をイメージした6月限定鉱物菓子。

参考文献|
『ヒルデガルトの宝石療法—修道院治療学の宝石23種と薬用ハーブ』ヴィガート・シュトレーロフ著(フレグランスジャーナル社)
『自然の薬箱』ミリアム・ポルーニン、クリストファー・ロビンス著(マール社)

鉱物Bar by 鉱物アソビ|Mineral&CafeBar  Instagram
鉱物ブームの火付け役と評される『鉱物アソビ』『鉱物見タテ図鑑』著者による鉱物バー&鉱物カフェ。新しい鉱物世界を体感できる"場"として2008年~期間限定として始まった【鉱物Bar】ですが年を重ねるたび沖縄~北海道全国から鉱物好きが集まる場となり、2020年6月に吉祥寺に実店舗をOPEN。お菓子みたいな鉱物を眺めながら、鉱物みたいなお菓子と飲物を味わえるだけでなく、煌めく鉱物標本&鉱物を美しく愉しむための鉱物プロダクトの展示販売・企画展も月替で開催。



常設作品を展示販売中です

作家名|鉱物アソビ
作品名|菫色の秘薬

蛍石八面体 (中国産)・理化学硝子・絹糸タッセル・紙製カード付き
サイズ|長さ11.5cm
制作年|2019年(常設作品)

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集