山本裕子|黒よりも黒く
そこに在るのは、なんと豊かな黒の世界だろう。
墨色、濡羽色、涅色、呂色、漆黒。黒一色のコートやドレスは、質感の異なる多種多様の生地と卓越したデザインを与えられ、あたかも無数の色彩を内に秘めているかのように輝く。
こんなにも黒という色は豊潤だったのか。思えば黒は全ての色を取り込んだ究極の存在である。黒は全き色なのだ。
山本裕子が愛した黒。ヴィクトリアンのお針子を自認する彼女は、女王が長い喪に服した彼の時代を象徴する黒という色を選んだ。
まるで設計図の如く精巧に描かれたデザイン画は、山本裕子の手によって完璧に実体化される。シルクベルベット、サテン、タフタ、大小様々なビーズの煌き。
細部まで緻密に縫い上げられたグローブ、纏うことで影さえもその漆黒の中に取り込んでしまうドレス。
彼女が愛した品々やエッセイから我々は、優れた美意識とは如何なるものかという問いを突きつけられる。
本書に収められているのは、山本裕子という稀代のアーティストが創り出した彼女だけのヴィクトリア朝なのである。
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3組の素敵なカードセットもまた、彼女のドローイングの魅力を知るための最適なアイテムだ。
瀟洒な小箱にはグラシン紙に大切に包まれた薄榛色のカードが仕舞われている。
小箱の色はそれぞれ異なる3色。どれも控えめで品のある穏やかな色である。
ひとつめの箱は天使の采配。蜂を飼ったりブーツを縫ったり、小さな羽を羽ばたかせて天使たちは忙しい。
ABCの頭文字に因んだ仕事に従事する天使の姿は、山本裕子の洒脱な筆によって愛らしく微笑ましく描かれる。
A、B、K、O、Sの5種類の天使の活躍ぶりをご覧あれ。
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ふたつめの箱からはなにやら可愛らしい音が聞こえてくる。
マロットというのは、音が出る仕掛けを内部に仕込んだ人形に木の棒をつけたガラガラだ。ヴィクトリアンな衣装を着込んだ猫や鴉たちが、すました顔で佇んでいる。いまにも喋り出しそうな表情が楽しい。
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みっつめの箱からは、ヴィクトリアン・ジュエリーとして愛されたハンドモチーフが現れる。
カードに描かれているのは7つの“贈り物”。豪奢な袖口から覗く手に乗せられている鍵やカナリアの頭骨には、どんな意味が秘められているのだろうか。その難問を解きながら眺めるのもまた一興である。
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山本裕子は惜しくも2013年に天に昇った。
きっと今も彼女は生涯かけて創り上げた自らのヴィクトリア朝で、凛とした佇まいの美しい作品を一針一針縫い上げているに違いない。
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著者|山本裕子
書籍名|『山本裕子 ヴィクトリアンのお針子』
A4変形判フルカラー/164ページ
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編集・エディトリアルデザイン|間奈美子・近藤穂波
撮影|村松桂
撮影会運営|曽根睦子・冨岡由美子・小野ゆう
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レザミ・ド・トマ編
発行日|2016年3月27日
監修|山本じん
発行者|Anima Jones
初版限定300部
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作家名|山本裕子
商品名|カードセット「天使の仕事」(5枚組)
5種・各1枚入り・ブラック函入り
カードサイズ|14.8cm×10cm
*オンラインショップに個別画像掲載(以下同)
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作家名|山本裕子
商品名|カードセット「マロット」(5枚組)
5種・各1枚入り・ベージュ函入り
カードサイズ|14.8cm×10cm
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作家名|山本裕子
商品名|カードセット「7つの贈り物」(7枚組)
7種・各1枚入り・グレー函入り
カードサイズ|14.8cm×10cm
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