少女の聖域vol.3|綺朔ちいこ|色彩と線
夜の魔法。
鏡に映るのはだあれ。
秘かに忍び込んだ部屋の鏡台には、可愛くなるための魔法が揃っている。背伸びをして取り繕わなくても、わたしはわたし。誰のためでもなく自分のために、リボンを着けてドレスを纏う。
脂粉の匂いは嫌い。あのひとはいつも誰かのために綺麗になる。わたしの知らない誰かのために、鏡の前に座り続ける。
夜になればあのひとは出かけてしまうから、わたしが鏡を独り占め。可愛くなるのに理由はいらない。鏡台に並べられた色とりどりの魔法をひとつひとつ試してみれば、ほら、いつまでも少女でいられる。
夜の鏡に映るのは、こぼれ落ちる薔薇に彩られた少女の姿。
少女? そこにいたのは本当に少女だったのかしら。
少女が飼っている黒猫には、なんにでも化けられるという噂があった。「からす」という名のその黒猫は、夜のように黒く、闇に溶けると元の姿が猫であったことがわからなくなってしまう程であった。
少女の足にまとわりついているうちに、黒猫の輪郭が曖昧に解けていく。退屈を持て余すように戯れに、黒猫は赤いハイヒールに姿を変える。
履こうとするとするりと逃げるその靴は、0時を待たずしてまた元の黒猫に戻るだろう。
赤いピンヒールは魔法の靴。
カツカツと音を立てて、胸を張って歩く。
ゆるく巻いた髪と肌をすべるワンピース。ヒールの高さの分だけ世界を見下ろせるから、背が伸びなくても大丈夫。
傷ひとつついていない真っ赤なエナメルは、呪文を唱えればあっという間に、好きなところに連れていってくれる。
いまはまだ小さな足には大きすぎるけれど、いつかきっとどこまでも。
綺朔ちいこは魔法のように線を自在に操る。
くるくると巻き取られた線は、あるときは黒猫、そしてまたあるときはピンヒールとなり、少女に魔法をかける。
夜の鏡台の前で、明るい石畳の道で、光が滲むように色彩を滴らせて、綺朔の筆が踊る。
コケティッシュでファッショナブル。
少女は可愛いだけじゃない。
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作家名|綺朔ちいこ
作品名|夜の鏡はわたしのもの
水彩絵具・紙
作品サイズ|23.5 cm×9cm
額込みサイズ|37.8cm×28.7cm
制作年|2022年(新作)
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作家名|綺朔ちいこ
作品名|ねこのからす
水彩絵具・紙
作品サイズ|11cm×11cm
額込みサイズ|21.6cm×16.5cm
制作年|2022年(新作)
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作家名|綺朔ちいこ
作品名|どこにでもゆける
水彩絵具・紙
作品サイズ|11cm×11cm
額込みサイズ|21.6cm×16.5cm
制作年|2022年(新作)
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