鳩山郁子オマージュ展 《羽ばたき Ein Märchen》 |村松 桂|イカロスの記憶
Text|高柳カヨ子
写真とはなんだろう。
一瞬と永遠の間に細く連なる光と影。存在した/存在しなかった光景の証明。
モノクロームの画面に写し出されるものは、生か死か。
村松 桂の写真は、空間や事物そのものではなく、そこで起こった出来事の記憶を写し出す。作品には幾重にも折り重なった時間が刻印されているため、二次元でありながらあたかも一冊の本を読むような奥行きが感じられる。
フォトコラージュやフォトモンタージュと呼ばれる技法を用いた村松の作品は、ゼラチンシルバープリント、いわゆる銀塩写真と呼ばれる紙焼きの写真だ。
鳩山郁子に『ダゲレオタイピスト』という作品がある。
19世紀フランス人のダゲールは、カメラ・オブスクラによって光が作り出す像を銀板に定着させる写真技法を開発した。彼の名前を冠したダゲレオタイプはその後実用化され広まっていくのだが、当初は露光時間が数十分もかかるのが難点であった。
長時間動かずにいられるのにうってつけなのは死者だ。ヴィクトリア朝時代に、遺族が思い出のために死者の写真を撮影する遺体記念写真(ポストモーテム・フォトグラフィー)というものが流行した。『ダゲレオタイピスト』は、その遺体記念写真をモチーフに生と死のあわいを描いた切ない余韻を残す名作である。
ダゲレオタイプは、光が結ぶ像を直接感光版である銀板に焼き付けるポジであった。銀板そのものが写真になるので、一枚きりの存在である。対してゼラチンシルバープリントは、ネガの状態で現像され印画紙に焼き付けられてポジになるため、基本的には同じ画像の焼き増しができる。
しかし村松 桂の作品は、ゼラチンシルバープリントに様々な手法を組み合わせることで、まるでダゲレオタイプのように決して複製はできない一度きりの光景を写し出しているのだ。
千羽の鳩たちと一緒にジジが飛翔したU塔。
舞い散る羽根と齧りかけの林檎。少年の靴とともにその場所に残された記憶を、村松は印画紙に焼き付ける。
19世紀「絵画は死んだ」とまで画家に言わしめた写真の出現だったが、村松の写真は極めて絵画的でありまた物語的でもある。色褪せたヴィンテージを思わせるセピア色と、タイトル通りの静物画を思わせる構図。
そこには鮮やかに短い生を駆け抜けたジジの飛翔と墜落の残り香が漂っている。
『羽ばたき』に描かれた物語を、村松 桂は一枚の写真の陰影に刻印した。
写真とは、此の世と彼の世をつなぐ一筋の残光なのかもしれない。
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村松 桂|写真家 →HP
フォトコラージュ、フォトモンタージュ、多重露光といった手法を採用し、イメージを重ね合わせることで静謐な物語性を秘めた作品を発表している。2004年に初の個展を開催以降、個展・グループ展など多数。また、個展に合わせて写真集も発行し、紙上でのみ可能な表現も試みている。
Twitter|@_katsuraM_
Instagram|@katzlein_6
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高柳カヨ子|精神科医・元法医学教室助手・少女批評家 →note
東京上野で生まれ育ち、東京理科大学理工学部応用生物科学科・信州大学医学部医学科卒業。法医学教室でDNA鑑定を専門とした後、精神科の臨床に進む。Bunkamuraギャラリー「新世紀少女宣言」キュレーション/『夜想ーゴス特集』インタビュー/『夜想ー少女特集』評論/『S-Fマガジンー伊藤計劃特集』アーバンギャルド論/パラボリカ・ビス「アーバンギャルド10周年記念展」キュレーション/gallery hydrangea 「『少女観音』〜12人のアーティストが描く篠たまきの幽玄世界」キュレーション。
あらゆる時代と時間を超えた少女たちに捧げる少女論「少女主義宣言」をnoteにて連載中。霧とリボン運営の会員制社交クラブ《菫色連盟》にてトークサロン「少女の聖域」を主宰、「少女性」をテーマに展覧会《少女の聖域》を定期開催している。
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作家名|村松 桂
作品名|Nature morte : GIGI
ゼラチンシルバープリント・バライタペーパー
作品サイズ|14cm×21cm
額込みサイズ|36.6cm×43.6cm
制作年|2021年(新作)
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