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29歳のシンデレラ

雑務で帳票にハンコを押しているときのこと。
隣の席のベテランから「あたし、これにハンコつくときマット(捺印マット)敷いたことないんだよね」と言われた。
束が厚くて紙質が柔らかいからマットがなくても綺麗に押せるそうだ。

言葉に表さなくとも、先輩が伝えたいことはすぐに分かった。
「お前の仕事は無駄が多い」と。
時間をかけてハンコを押さなくて良いのは分かっている。しかし私は取りこぼしが多いからひとつずつ確実にやりたい質である。
そんなことを口にしたら最後、完全に見放されるだろうが――

この時期は母校の大学に顔を出す。
友達が事務員として勤めているのと、顧問から要請でサークルの盛り上げ役を買って出るためだ。私は「取材」のために、イチ観客として身を潜めた。
また、ゼミの恩師に近況を報告するのもある。ブン屋出身の恩師は物書きの私に編集セミナーを薦めてくる。合わせて写真も撮ってくれるのだが、私は写真を撮られるのがあまり好きではない。自分の姿をそっくりそのまま記憶したくないからだ。

身体つきについては子供の頃からずっと言われてきた。

「太っていると将来ロクな人生にならない」「見返してやりたくないのか」

母の言葉。
ナレーションができようが良い文章が書けようが、醜い姿を見れば一瞬にして無になると思う。
幸い、現在の人間関係ではそんなことを言う人はいないが――今でもいるのだ、言わないだけで。

体格が良いと「強い」イメージがある。しかし私はめちゃくちゃ弱い。
見た目は豚なのに振る舞いは女王のそれで、心は変に怯えている。

「失望されるのが嫌だ」

変にならないように身だしなみには気を配る。
戦力になりたいからできることは全力でやらせてもらう。
それでも、体型は変わらないし信頼もそう簡単に生まれない。
彼氏に申し訳ないが、自分自身が大嫌いなのだ。
同年代のバリキャリと張り合えるには火力がなさすぎる。そういう趣味は持ち合わせていないが、歯車が違っていたらきっとキラキラした女になっていただろう。

おしゃれで写真映えが良くて仕事ができて――人望がある。
そういうものに、私はなりたかった。

帰宅後、恩師から彼氏とのツーショット写真が送られてきた。
脂肪だらけの自分が痩せ身の彼氏の隣にいることに恥ずかしさを覚えた。

「今からでも遅くはない」と言い聞かせて、カロリー消費計画を練る。
ガラスの靴とウェディングドレスは遠いから、まだ時期尚早である。

一度は言われてみたい。

「とても聡明でいらっしゃいますね」

と。

ルッキズムも思い込みも嫌いだが、それに呪われているのは理解している。

そんな29歳のはじまり。

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