初陣その後
中学時代のプロレス仲間は数少ない貴重な友人である。
メンツはワシを合わせて4人。
超優秀 頭脳明晰なミキ、50越えでもフルマラソン4時間切りのタカ。ここにタカの高校同級生のケンが加わってレギュラーメンバーが固まった。
ケンは隣の中学ではあったが、何回か一緒にプロレス興行を観に行ったかなりのマニアである。某大阪市長に見た目が少々似ている。ピュアハートのナイスガイである。
飲み会は基本的にワシを合わせて4人だが、タカがたまにゲストを呼んでくる。
中学時代のプロレスメンバーの一人である「ビル マスカ◯ス」(もちろんリングネーム)や、タカの嫁がいつもの飲み屋にいきなり乱入したりして、それはそれで楽しい会になった。
飲み会が20回を迎える直前にタカから「次の飲み会は特別ゲストを呼ぶ」と予告があった。「まあXとしておこう」とタカは笑う。
まあ、久しぶりの同級生でも呼ぶのかな程度に思っていた。さて、誰かな。
顔がオニギリ型だったオニギリセンネンキュウだろうか?
将来の夢を伝統工芸士になりたいと言ったら、電動コケシと揶揄されて憤慨していた ザ ダーキスト ユタカだろうか?
チビなだけでマスクマンでもないマスクドベビースターだろうか?
(すべて中学時代のリングネームです)
普段ロイヤルスクランブル方式で順次集まったメンツから始める飲み会が、その会だけはゲストのために待ち合わせになっていた。
待ち合わせ場所に行って、いきなり固まってしまった。何とあのMちゃんがいる。
(「初陣」をご参照ください)https://note.com/kirenjya/n/n03a407df33cb
「もー、久しぶり!全然同窓会も来ないじゃないの、元気してた?」
相変わらずの天然振りだった。あのスケート場から止まっていた時計が突然動き出したことが理解できずに混乱して黙り込んでしまった。
平静を装いながらも、久しぶりの割に淡々とした挨拶を済ませて、いつもの飲み屋に向かってサッサと歩き出した。
「おいおい、この場面、どうするよ?」自分に呟いた。
Mちゃんとは、あのスケート以来ほぼ30年振りの再会だった。
心の準備…は必要だった。あまりに予期しない展開でワシのCPUは作動不良を起こしていた。
店に着くまでに、不幸ごとで誰を殺そうか考えていた。ウソミエミエでも構わない。この場から逃れたい気持ちだった。
敵前逃亡は早ければ早いに越したことはない。分かってはいたけど、頭に砂時計が出たまま動けない。惰性のまま店に入ってしまった。
飲みが始まる。「沈黙は金」とはいかない。なるべく他のヤツの話題で時間を費やしてくれたらいい。
タカのスペシャルゲストの選定に他意はなかったようだ。たまたま行ったアンジェラアキのライブ会場で偶然に再会したMちゃんに「飲み会に来るか?」とタカがオファーしただけの話らしい。
あとは要らないことを言わないように、ただ久しぶりの再会を楽しんでいるように振る舞えば良いと気持ちを立て直していたが…。
会話の切れ目に大きな声でMちゃんが話を切り出す。
「もー〇〇くん(ワシ)、昔一緒に遊びに行ったのに、忘れたん?」
唖然とした。「忘れてないから黙っているんやろ」心の呟きが反復していた。思わず苦笑い。
『おいおい、いきなり160キロの直球を胸元に投げるかよ』
マインドはまさにチェリーボーイだった。
タカが会話に喰いつく。
「何やお前ら遊びに行ったんか。何かあったんちゃうんか?」何かを期待した瞳で聞く。
「何もなかったやんなー」Mちゃんはワシに屈託ない笑顔で同意を求めた。
『そうや。ホンマはやっちまおうと思ってたけど、思わぬハプニングで未遂で終わったよ!』(心の声)
Mちゃんはいわゆる【女優】ではない。アザとければ対処の仕方はある。自然体だから困るのだ。同い年だけど、彼女はあの頃のままだとよく分かった。
酒宴は進んでいった。彼女が今保育士であること、今の苗字も分かった。でも、頭の砂時計は消えることなく、このメンツでこれだけ口数が少ないのは初めてだった。いつもより飲んでも酔わない酒は飲み放題コースがピッタリでもあった。
宴の最後に彼女がLINEの交換を打診してきた。見栄でも何でもなく乗り気ではなかったけれど、やはり応じてしまった…。男としての弱さを痛感する。
案の定、宴の後にLINEが来た。「〇〇君(ワシ)に会えて嬉しかった。また必ず会いましょうね」
彼女らしい文面だった。彼女に罪はない。博愛主義者なだけだ。ワシは勘違いさえしなければ良いだけ。
「ご縁が有ればお会いできますよ」一言だけ返信しておいた。
32年前にあのスケート場で負った怪我がようやく癒えてきたようだ。