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勝負の真髄

多分、日本人は勝負事が嫌いな訳では無さそうだ。

競馬、パチンコ、競輪、競艇といった賭博の類は日常に溶け込んでいるし、プロ野球、サッカーなどのプロスポーツ、さらには高校野球に至るまで、賭けずとも勝負事は普通の存在である。
勝負とは優劣を競うものであり、勝者と敗者のコントラストを生む。
勝利の味は格別である。敗北の味は辛いものである。

ただ、頭に置くべきは、ずっと勝ち続けることはなく、いつかは敗者になり得ることなのかと思う。

たまに感情論者が勝負自体を否定するけど、残念ながら現実逃避に過ぎない。

生きることには生存競争の側面がある。世の中から勝ち負けがなくなることはない。

狭くセグメントされた世界なら、勝ち負けを考えずに生きることはできるかもしれないが、それは幻想でしかない。

スポーツはわかりやすい。

自身がプレイヤーなら直接的に、贔屓のチームを応援するなら間接的に勝利を望む。

最初から負けていい勝負はない。可能性の高い低いを感じるかどうかはあっても、負けるために闘うことはまずない。

生命のやり取りをする勝負なら別だが、勝負事で大切にしたいのは、勝利への賞賛と敗者への配慮が並び立つことなのかと思う。

勝ち負けはその瞬間の断片を切り取った比較であり、勝者は敗者たり得たし、敗者は勝者たり得たと考えれば、自ずと取るべき態度は決まる。

闘う前からgood loserを目指すことなどないが、勝って敗者を思い遣る気持ちさえお互いに持つことができれば、勝負の世界は悪いものではない。

結果の平等を追求する必要などない。出た結果にどう向き合うか、それが勝負の真髄ではないのかな。